第13章 10年FCFF DCFを組み立てる

レベル: 中級 / 読了目安: 約45分 / 前提知識: 第7〜9章の株主資本コスト・正常化の知識と、百分率・指数計算。年金公式(等比数列の和)を電卓で打てればよい。

学習目標

  • FCFFの構成要素(NOPAT・償却・CapEx・運転資本)を財務諸表から組み立てられる
  • WACCの加重計算とネット有利子負債による株式価値への橋渡しを電卓で検証できる
  • ターミナル価値がEVに占める比率を健康診断指標として読める

理論の起源

Koller, Goedhart, Wessels, Valuation: Measuring and Managing the Value of Companies, 7th ed., Wiley, 2020。FCFFの定義式と明示予測期間+継続価値という二段構成を実務の標準形として体系化した文献。

本文

FCFF DCFの全体像

FCFF(企業自由キャッシュフロー)は、債権者と株主の双方に帰属するキャッシュフローである。営業活動が生んだ現金から、設備投資と運転資本の増加に必要な分を差し引き、借入の増減や利息支払いを除外した純粋な事業現金だ。基本式は次の通り。

FCFF = EBIT × (1 − 法人税率) + 減価償却費 − 設備投資 − 運転資本増加

税金はEBITに対して課すのがポイントである。利息による節税効果は、キャッシュフロー側ではなく割引率(WACCの税後負債コスト)に織り込むのが約束事で、ここを二重に処理すると価値が歪む。

数値例:1年分のFCFFを実際に組み立てる

売上高1,000百万円、EBITマージン12%、税率30%、減価償却費80百万円、設備投資100百万円(成長のため償却を上回る)、運転資本増加12百万円とする。

NOPAT = 120 × (1 − 0.30) = 84百万円

FCFF = 84 + 80 − 100 − 12 = 52百万円

減価償却は会計上の費用であって現金流出ではないので加算し、設備投資と運転資本増加は現金を使うので減算する。符号の向きを毎回声に出して確認する習慣をつけたい。

割引率WACCと株式価値への橋渡し

FCFFは全調達者に帰属するため、加重平均資本コストで割る。株主資本コスト11%、税後負債コスト2%、負債比率が全体の3分の1なら、

WACC = 11 × (2/3) + 2 × (1/3) = 7.333 + 0.667 = 8.0%

である。加重は時価で行い、節税効果は負債コスト側に入れる。割り引いた合計は企業価値(EV)となり、ネット有利子負債を差し引いて初めて株式価値になる。

検算可能な10年モデルの骨格

見通しを良くするため、明示期間10年のFCFFを毎年100百万円一定、WACCを8%、その後の永続成長率を2%と仮定する。まず明示期間の現在価値は年金公式で

PV(明示期間) = 100 × (1 − 1/1.08^10) / 0.08

1.08^10 = 2.15893、その逆数は0.46319だから、係数は(1 − 0.46319)/0.08 = 6.71008となり、PVは約671.0百万円。続いてターミナルバリューは

TV = 100 × 1.02 / (0.08 − 0.02) = 102 / 0.06 = 1,700百万円

PV(TV) = 1,700 / 2.15893 = 約787.4百万円

企業価値EV = 671.0 + 787.4 = 1,458.4百万円。有利子負債400百万円を引き、純現金がゼロなら株式価値は1,058.4百万円。発行済み株式数50百万株なら理論株価は約21.2円である。TVの現在価値はEVの約54%(787.4/1,458.4)を占め、この比率自体がモデルの健康診断指標になる。6割を超えるようなら、ほとんどが「見えない未来」でできた価値だと心得よ。

この例のFCFF100は、定常成長に必要な再投資を差し引いた「再投資後FCFF」と読む。NOPATから終端価値を作る実装では、終端再投資率=g/ROIC、FCFF11=正常化NOPAT11×(1−g/ROIC)とする。成長gだけを置いて再投資を省くと、同じ成長を無償で得ることになり過大評価である。またWACC−gは正であるだけでは足りず、本サイトでは25bp未満を算定停止、25〜100bp未満を高感度警告とする。これは普遍的な理論定数ではなく、数値安定性の管理基準である。

反例・失敗パターン

第一の失敗は、EBITベースの営業利益に税率を掛けず、法人税等を特別損益扱いで除外したまま使うこと。第二は、設備投資を減価償却費と同額に置くこと。成長企業では投資が償却を上回りFCFFは押し下げられるのに、両者を一致させるとFCFFが過大になる。第三は、ターミナル期だけFCFFが急に跳ね上がる構造。第10年目までFCFF 50だったのに第11年に100になるモデルは、どこかで再投資の落ち込みか費用の消し忘れがあるシグナルである。

メリット・デメリットと適用条件

メリットは、(1)レバレッジの影響を事業価値から切り離せて、資本構成が変える経営判断(M&A後の返済計画など)と相性が良いこと、(2)企業価値→株式価値の橋渡し(ネット有利子負債控除)が明示的で監査しやすいこと、(3)セグメントごとのFCFF合算で複合事業も処理できること。デメリットは、WACC推定の恣意性が乗ること、ネット有利子負債の定義(リース債務・年金債務・優先株を入れるか)で答えが動くこと、明示期間の延長で安易に価値を水増しできること。

適用条件は、事業CFが安定定義でき、資本構成が今後変わる予定があるか、あるいは企業価値段階での比較(EV/EBITDA等)と突き合わせたいケース。非適用条件は、金融機関(利息が事業CFそのもの)、資産価値が支配的なホールダー企業、清算前提の会社である。

本サイトの思想との接続

10年という長さに意味はない。重要なのは「明示期間中は事業の実態を式に翻訳し、以降は定常状態の物理則(再投資と収益率の整合)に任せる」という分担である。作問者ではなく検証者として、FCFFの各項が財務諸表のどの行から来たかを辿れるモデルだけが監査に耐える。本サイトでは全入力、WACC−g、終端ROIC、正のFCFF11、NOL正常化、資金調達経路、希薄化とリスク二重計上の検査を通った場合だけ、この詳細DCFをprimaryにできる。

変数辞書

本章で使う変数
変数意味
FCFF企業自由キャッシュフロー。EBIT税後+償却−CapEx−運転資本増加
NOPAT税引後営業利益。EBIT×(1−税率)。FCFFの出発点
WACC加重平均資本コスト。時価加重で計算し税効果は負債側に含める
TVターミナルバリュー。n年後時点での継続価値
n明示予測期間の年数。本章では10年
ネット有利子負債有利子負債+リース債務等−現金同等物。EVから株式価値への橋

推定方法

NOPATはセグメント別EBITの正常化(第8章)に税率を掛けて作る。CapExは直近3〜5年平均の売上比率を基準に、成長投資と維持投資を分けて置く。運転資本増加は売上増×過去の回転率で概算し、WACCは第7章の株主資本コストと時価加重で組み立てる。

数値例

1年分: NOPAT 84 + 償却80 − CapEx100 − 運転資本12 = FCFF 52百万円。10年一定FCFF 100百万円@WACC8%: 年金係数6.7101でPV 671.0百万円。TV = 102/0.06 = 1,700百万円、PV(TV)=787.4百万円、EV=1,458.4百万円、ネット有利子負債400を引き株式価値1,058.4百万円、50百万株で約21.2円/株。

反例

「10年延ばせば答えが上がるから」と明示期間だけ延長して価値を水増しする使い方。TV比率が6割を超えているモデルは、明示期間の延長ではなくターミナル前提(ROIC・g)の点検が先である。

利点/欠点

  • 利点: 事業価値と資本構成を切り離せてM&A等の資本構成変更に強い
  • 利点: EV→株式価値の橋渡しが明示的で監査しやすい
  • 利点: セグメント合算やEV/EBITDA等の相対指標と突き合わせやすい
  • 欠点: WACC推定の恣意性が価値に直結する
  • 欠点: ネット有利子負債の定義(リース・年金・優先株)で答えが動く
  • 欠点: 明示期間延長による水増しが構造的に容易

適用条件・非適用条件

適用できる場面: 事業CFが安定定義できる黒字企業。資本構成が今後変わる予定、またはEVベースで競合比較したい一般事業。

適用できない場面: 金融機関(利息が事業CFそのもの)、資産価値支配のホールダー企業、清算前提の会社。これらは第16章以降の手法が妥当。

本サイト入力との対応

超詳細版DCFのprimaryモデルに対応する。ただし全入力、WACC−g≥25bp、terminal_ROIC>g、正の終端FCFF、NOL、資金調達、希薄化、リスク二重計上を検査して初めてprimary_value_eligible=true。TV比率とWACC×g感度も同時に読む。

精度の読み方

TV比率54%のモデルでは、価値の半分以上が遠未来の仮定である。理論株価21.2円は「21.2」ではなく「21±数円(条件付き)」と読み、TV前提を±1ポイント動かしたときの幅を先に確認する。

よくある誤り

  • 法人税等を特別損益として除外したEBITに税率を掛ける
  • 設備投資を減価償却費と同額に置きFCFFを過大にする
  • ターミナル期だけFCFFが急跳ねするモデルを放置する

技術付録

年金係数の覚え方: (1−1/(1+r)^n)/r。r=8%, n=10では1/(1+r)^n=0.4632が後でTVの割引にも使えるため、一度計算した逆数は保存して使い回すと電卓ミスが減る。

一次資料

  • Koller, Goedhart, Wessels, Valuation: Measuring and Managing the Value of Companies, 7th ed., Wiley, 2020
  • A. Damodaran, Investment Valuation, 3rd ed., Wiley, 2012
  • Pinto, Henry, Robinson, Stowe, Equity Asset Valuation, 4th ed., Wiley, 2020

章末要約

  • FCFF=EBIT税後+償却−CapEx−運転資本増加。節税は割引率側で処理
  • 10年一定FCFF100@8%の例: EV=671.0+787.4=1,458.4百万円、株式価値1,058.4百万円
  • 終端はg/ROIC再投資後FCFFを使う。WACC−g<25bpは停止、25〜100bp未満は高感度警告

理解度クイズ

1. 売上1,000百万円・EBIT率12%・税率30%・減価償却80百万円・設備投資100百万円・運転資本増加12百万円のとき、1年目のFCFFはいくらか。
2. 明示期間10年・毎年FCFF100百万円一定・WACC8%のとき、明示期間の現在価値はおよそいくらか。
3. EVが1,458.4百万円・ネット有利子負債400百万円・発行済み株式50百万株のとき、理論株価はおよそいくらか。

未回答の設問があります(0/3問回答済み)。

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