一般企業の詳細理論 — 10年FCFF DCF
価値の源泉から式の導出、変数定義、分岐ロジック、二重計上の罠まで。超詳細分析(一般企業)が内部で実行しているモデルの完全な説明。
1. 価値の源泉
FCFF(企業自由キャッシュフロー)DCFは、「事業そのものが全ての資本提供者(株主と債権者)に 向けて生み出せる現金」を価値の唯一の源泉と見る。会計利益は発生主義の配賦を含むため直接の 源泉にはせず、EBIT(営業利益)から出発して投資家が実際に受け取れる現金へ変換する。 事業が生む現金の現在価値の合計が企業価値(EV)であり、そこから債権者の請求権や 非株主への請求権を控除した残りが株主価値である。これはModigliani-Millerの枠組みにおいて、 企業価値が資本構成ではなく営業資産の生み出すキャッシュフローで決まるという考え方に基づく。
2. 式の導出
2.1 割引率(WACC)
株主資本コスト: Ke = Rf + β×ERP(非上場モデルではさらにサイズプレミアム+固有リスクプレミアムを加算)。
税引後負債コスト: Kd(税引後) = Kd(税引前)×(1−実効税率)。利子は課税所得から控除できるため税効果分だけ割引かれる。
加重平均: WACC = Ke×(E/V) + 税引後Kd×(D/V)。D/Vは目標資本構成であり、時価ではなく前提として入力する。
2.2 各年のFCFF
売上成長率は1年目→10年目へ線形に減衰させる。EBITマージンも現在値→10年目目標値へ線形補間する。 現金税はEBITに対して課すが、繰越欠損金(NOL)がある限りまずNOLで消化し、残った部分にのみ税率を掛ける。 欠損年はNOL残高へ積み増す。
NOPAT = EBIT − 現金税
FCFF = NOPAT + 減価償却費 − CAPEX − 運転資本増加(ΔNWC)
D&A率・CAPEX率は売上高比率で現在→安定期へフェードさせる。ΔNWCは「増分売上×運転資本率」であり、 増収なら流出(FCFFを圧縮)、減収なら回収となる。
2.3 ターミナル価値(10年後)
安定期には成長のために再投資が必要である。再投資率 = g ÷ ROIC。ROICが高いほど同じ成長を少ない投資で達成できる。
NOPAT11 = NOPAT10×(1+g) ※10年後にNOLが残っていても永続期では通常税率に正規化する
FCFF11 = NOPAT11×(1 − g/ROIC)
ターミナル価値 TV10 = FCFF11 ÷ (WACC − g)
成立条件は WACC > g かつ ROIC > g。WACC ≤ g は計算不能(発散)としてブロックする。 WACC−gが正でもほぼ0なら式は有限の巨大値を返して偽の精度を生むため、本サイト独自の数値安定性管理として25bp未満は停止し、 25bp以上100bp未満は高感度警告としてWACC×g感度の併記を必須にする。25bpは理論上の普遍定数ではなく、このサイトの保守的な算定規律である。 ROIC ≤ g では必要再投資率が100%以上となり、外部資金を扱わない本閉形式では成立しないためブロックする。 さらに10年目EBIT、永続期NOPAT、FCFF11はすべて正でなければならない。負の利益をGordon式で永久化せず、再建・清算モデルへ分岐する。 なお「成長が価値を創造するか」の判定はROICとWACCの比較であり、ROIC < WACCなら成長は価値を毀損する。
2.4 EV→株主価値ブリッジ
EV(今日) = Σ PV(明示期FCFF) + PV(TV10)。TVは10年時点の価値なので、累積割引係数で今日の価値へ戻す。
今日の株主価値 = EV + 現金 + 非事業資産 − 有利子負債 − その他請求権(少数株主持分等)。 負になった場合は0で下限処理し警告を出す(有限責任)。
10年後株主価値 = TV10 − 純有利子負債(10年後) + 非事業資産(10年後) − その他請求権(10年後)。 ここでも同様に下限処理を行う。
3. 変数の意味・単位・符号・評価時点
| 変数 | 意味 | 単位 | 符号の約束 | 評価時点 |
|---|---|---|---|---|
| revenue0 | 直近年度売上高 | 百万円/億円(画面表示) | 正 | 評価日(第0年) |
| ebitMargin0 / targetEbitMarginY10 | 営業利益率の現在値と10年後目標 | 小数(%入力) | 負可(赤字) | 第0年/第10年 |
| revenueGrowthY1/Y10 | 売上成長率の始点と終点(間は線形) | 年率 小数 | 負可 | 第1〜10年 |
| taxRate | 実効税率(現金税計算用) | 小数 | 0〜1 | 全期間共通 |
| nol0 | 繰越欠損金残高 | 金額 | 非負 | 第0年 |
| daPct / capexPct | 償却・設備投資の売上比(now→steady) | 小数 | 非負 | 第1〜10年でフェード |
| nwcPct | 運転資本投資率(増分売上に対する) | 小数 | 非負 | 同上 |
| rf / beta / erp | リスクフリー金利・ベータ・株式リスクプレミアム | 小数・無次元・小数 | 正 | 評価日の市場前提 |
| preTaxKd / debtRatio | 税引前借入コスト・目標D/V | 小数 | debtRatio 0〜1 | 目標資本構成 |
| terminalGrowth / terminalRoic | 永続成長率・安定期投下資本利益率 | 小数 | g < WACC、g < ROIC、WACC−g 25bp以上 | 第11年以降(永続) |
| cash0 / debt0 / netDebt10 | 現金・有利子負債(今日)、純負債(10年後) | 金額 | 純負債は正=純有利子負債 | 第0年/第10年 |
| nonOperatingAssets / otherClaims | 遊休資産・持分法資産等/少数株主持分等 | 金額 | 資産は加算、請求権は控除 | 第0年/第10年 |
| shares0 / annualShareIncrease | 発行済株式数・年間増株率 | 百万株/% | 増株は正(買戻しは不使用)。億円÷百万株は×100で円/株へ換算 | 第0年/毎年複利 |
4. 観測事実と将来仮定の区別
モデルに入力される数値は2種類に厳密に分かれる。観測事実は決算短信で確定している過去の数値 (直近売上高、現在マージン、NOL残高、発行済株式数、純負債など)であり、争点はない。 一方将来仮定は成長率・マージン経路・CAPEX率・永続ROIC・Exit倍率など未来についての信念であり、 誤りうる。この区別を曖昧にすると「事実のように見える仮定」に説得力を誤認させる。 本サイトでは観測事実はラベルで明示し、シナリオ(Bear/Base/Bull)は将来仮定のみを動かし、 観測事実は書き換えない。またモンテカルロの出力分布は「入力した仮定に条件付けられたモデル上の分布」であり、 実測データから保証された将来確率ではない点にも注意すること。
5. 今日の価値と10年後価値の違い
同じDCFの中に2つの異なる時点の価値が並ぶ。「今日の理論価値」は明示期FCFFの現在価値+TVの現在価値+ ブリッジ項で構成され、現在株価との比較対象になる。「10年後価値」(equity10、price10)は TV10を起点とした10年時点の名目価値であり、現在株価とは直接比較してはならない。 10年後のターミナル価値部分は累積割引係数で今日へ戻せるが、今日の価値には明示期FCFFと今日の 現金・負債ブリッジも含まれるため、10年後株主価値を単純に(1+WACC)^10で割った値とは一致しない。 本サイトは「今日の理論価値」と「10年後株価」を別々に主表示し、後者にはCAGRも併記する。CAGRはあくまで 現在株価から10年後理論株価への幾何平均リターンの試算である。今日の1株価値は、将来発行がない場合に限り 「今日の理論株主価値÷現在株式数」で求める。将来発行がある場合は発行対価・時点・SBC費用・権利配分を 同時にモデル化しない限り、総価値を現在株数で単純除算しない。
6. 黒字・赤字・非上場の分岐ロジック
6.1 上場黒字企業
マージン経路は現在値→10年目目標の単調な線形補間。株式数は年間増株率で複利的に増える (希薄化)。SBC(ストックオプション)による潜在株式増はこの増株率に含めて表現する。 買戻しは資金源と価格前提が必要なため、資金を捏造できない本モデルでは増株の逆(負の希薄化)は使わない。 増株率が正なら10年後1株価値は10年後株式数で算定できるが、今日の1株価値は発行条件が不足するため表示しない。
6.2 上場赤字企業
EBITマージンは「現在値→黒字化年(breakevenYear)の0%」→「0%→10年目目標」の二段階経路を取る。 割引率には実行リスクプレミアムを加算するが、1年目最大→10年目0へフェードさせる(不確実性が解消されるにつれ薄れる)。 株式数は黒字化前後で異なる年率の希薄化を受ける。 期待値計算として、成功時10年後株主価値と失敗時価値(failureValuePerShare×10年後株式数)を 成功確率で加重する。加重前に成功・失敗とも同一の累積リスク調整済み割引係数で今日の価値へ戻す。 失敗側の入力は「明示期間中の追加CFを0、10年末に残存価値だけを回収」とする終点シナリオであり、 年次ハザードや失敗時期別CFを扱う期待IRRではない。確率加重終点価値から逆算する年率も期待IRRとは呼ばない。 希薄化率が正の場合、確率加重した今日の総株主価値を現在株数で単純除算せず、10年後の希薄化後1株価値だけを表示する。
二重計上の注意:実行リスクプレミアム(割引率を上げてCFを小さく見る)と低い成功確率(期待値を下げる)は、 どちらも「実行リスク」を扱う調整である。両方をフルに掛けると同じリスクを二度数えて価値を過小評価する。 本サイトは同時使用を計算停止し、成功確率による期待値調整か、成功確率100%+実行リスクプレミアムのどちらか一方だけを許可する。
6.3 非上場企業
上場モデルとの差分は4つ。(1) Keにサイズプレミアムと固有リスクプレミアムを加算する (分散不可能なリスクが大きく、情報開示も少ないため)。(2) 成功確率による加重を行い、 失敗時は清算相当の総株主価値を代入する。(3) 所有割合(ownershipPct)を指定すると持ち分価値を計算する。 (4) 市場性欠如ディスカウント(DLOM)は確率加重後の評価対象持分に一度だけ適用し、会社全体の総株主価値は変えない。 そのためDLOMを使う場合は持分比率が必須である。既にKeで流動性リスクを見ている場合は重複するため、どちらか一方に限定する。 また、企業固有リスクプレミアムと成功確率低下は同じ事業計画リスクを二重調整し得るため、本モデルは同時使用を停止する。
7. 利点・欠点・適用条件・非適用条件
- 利点: 価値をドライバー(成長・マージン・再投資)まで分解でき、前提ごとの感度が明示的。 会計の一回限り項目に引きずられず、継続価値の整合性チェック(g/ROIC、暗黙EV/EBITDA)が可能。
- 欠点: 入力数が多く、ターミナル価値への依存度が高い(しばしばEVの70%超)。 WACCとgの微小な誤差が価値を大きく動かし、偽の精度を与えやすい。
- 適用条件: FCFが定義できる資本事業、マージンと成長の経路に筋が通ること、 安定期ROIC>g を正当化できること。
- 非適用条件: 銀行・保険(預金・保険料積立金が事業運営に不可欠で、一般企業型FCFFと純負債の切り分けが難しいため通常は直接株主価値を評価 →残余利益モデルを使用)。顧客資産が会社の資産ではない 資産運用会社、プロジェクト段階のバイオ、NAVが支配的な持株会社等は業種別モデルを使用。 継続事業の概念自体が成立しない特損局面・破綻境界の企業にも不適。
8. 二重計上しやすい項目
- NOL節税の永久化:10年後に残ったNOLを永続期の税率引き下げとして持ち込むのは誤り。永続期は通常税率で正規化する。
- 非事業資産:遊休地や持分法投資を営業CFに混ぜた上でブリッジでも加算する(片方のみ)。
- 赤字企業の実行リスクプレミアム×成功確率の同時フル使用(6.2参照)。
- 「無料の買戻し」:資金調達なしに株式数を減らす前提。買戻しはFCFFを減らすか負債を増やす。
- 成長投資とCAPEX安定期率の不一致:成長を続けながらCAPEX率を置換水準まで下げると、 投資ゼロで永久成長する矛盾が生じる(g/ROICによる整合が本質)。
- SBC:予測EBIT/FCFFに報酬費用を含めて増株率をゼロにする方法と、費用を除外して株式請求権を明示する方法を混ぜない。将来増株率だけでは今日の1株価値を単純除算できない。
- その他請求権(少数株主持分):連結子会社の利益をFCFFに含めたまま、少数株主持分の控除を忘れる。
9. 感度と失敗パターン
最も感度が高いのは WACC−g のスプレッドである。WACC−1ptまたはg+0.5ptだけでTVは数十%動く。 WACC−g 25bp未満は停止、25〜100bp未満は高感度警告とし、単一点を主値にしない。 失敗パターンの典型は次の通り。
- TV依存症: 継続価値比率が75%超なら明示期間の前提がほぼ無意味。明示期の収益性改善を厚くして検証する。
- 矛盾したターミナル: 暗黙Terminal EV/EBITDAが業界の循環ピーク水準を超える場合、 gかROICの仮定が楽観的すぎる。
- マージン天井の無視: 目標マージンを競合の過去最高を超えて設定する。競争均衡では超過ROICは縮小する。
- NWCの符号忘れ: 高成長期のΔNWC流出を見落とすとFCFFが系統的に過大になる。
- 外部資金需要の未確認: 累積FCFF不足が手許現金を超える場合、追加借入または増資の時点・金額・条件なしに成長前提は成立しない。 本モデルは資金調達経路を捏造せず計算を停止する。資金調達後の利息・純負債・株式数を明示してから再評価する。
- シナリオの誤解: Bear/Base/Bullは複数前提を同時に動かすストレスであり、信頼区間ではない。
10. 標準文献
- Koller, Goedhart, Wessels: Valuation: Measuring and Managing the Value of Companies (McKinsey & Company, Wiley)
- Copeland, Koller, Murrin: Valuation(上記の前身版)
- Damodaran: Investment Valuation; Damodaran on Valuation; The Dark Side of Valuation
- Penman: Financial Statement Analysis and Security Valuation(残余利益との接続)
- Modigliani, Miller (1958, 1963): 資本構成と資本コストの理論的基礎
- Pratt, Niculita: Valuing a Business(サイズプレミアム・市場性欠如ディスカウント)