第2章 CAGR、複利、現在価値

レベル: 基礎 / 読了目安: 約30分 / 前提知識: 累乗と平方根の計算。電卓または表計算があれば十分。

学習目標

  • 複利・CAGR・現在価値の3つの式を相互変換できる
  • 幾何平均と算術平均の違いを数値で説明できる
  • CAGRの外挿という典型的な失敗を避けられる

理論の起源

I. Fisher, The Theory of Interest, Macmillan, 1930。複利と現在価値の現代理論を確立した古典。CAGR自体は実務の標準記法だが、その理論的土台はフィッシャーの時間選好と利子理論に遡る。

本文

3つの基本式

複利・成長率・現在価値は、同じ時間価値の数学を別方向から見たものである。まず3式を並べる。

複利(将来価値): FV = PV × (1+r)^n

年平均成長率: CAGR = (終値 / 初値)^(1/n) − 1

現在価値: PV = FV / (1+r)^n

(1+r)^n を掛け、同じ項で割る。往復すれば元に戻る。この対称性を手に馴染ませることが本章の目的である。

数値例:80円から143.27円へ

ある銘柄の1株あたり指標が80円から10年かけて143.27円になったとする。CAGRは

CAGR = (143.27 / 80)^(1/10) − 1 = (1.790875)^0.1 − 1 ≈ 約6%

検算する。1.06^2 = 1.1236、1.06^4 = 1.1236^2 = 1.26247696、1.06^8 = 1.26247696^2 = 1.59384807、よって 1.06^10 = 1.59384807 × 1.1236 = 1.790847。80 × 1.790847 = 143.27 となり一致する。逆方向も確認する。10年後の143.27円を年6%で割り引くと 143.27 / 1.790847 = 80.0円 で元の80円に戻る。掛けて、割って、戻る。これが確認できれば三式は使いこなせている。

倍増に要する年数の目安として「72の法則」がある。72 ÷ 成長率(%) = 倍増年数。6%なら72/6 = 12年。厳密には ln2 / ln1.06 = 0.6931 / 0.0583 ≈ 11.9年で、近似として十分である。

幾何平均と算術平均の溝

リターンが上下する場合、平均の取り方で結果が激変する。初年度+50%、翌年−50%の例では、算術平均は (+50% + (−50%)) / 2 = 0%だが、実際の資産は 1.5 × 0.5 = 0.75倍、つまり25%目減りしており、年平均は 0.75^(1/2) − 1 = 0.8660 − 1 = −13.4%となる。バリュエーションで成長率を語るときは常に幾何平均(CAGR)を使う。算術平均は年々のばらつきの中心を測る別の統計量で、複利成果を過大に示す性質がある。

応用:複利頻度と実効利率

名目年12%が月複利なら、実効年率は (1 + 0.12/12)^12 − 1 = 1.01^12 − 1 = 0.126825 で約12.68%となる。同じ「12%」でも複利頻度が変われば成果は変わる。DCFの割引率は通常「年複利・年単位」で揃える。月次データから推定した値を年率化するときはこの変換を忘れないこと。

反例・失敗パターン

第一の失敗はCAGRの外挿である。好況期3年のCAGR15%をそのまま10年伸ばすと 80 × 1.15^10 = 80 × 4.0456 ≈ 323.6円 という非現実的な値になる。サイクルの山から測ったCAGRは構造的に高く出る。第二の失敗は単利と複利の混同。「年6%なら10年で60%増」は単利の発想で、複利では79.08%増(1.06^10−1)になる。第三の失敗は負値からのCAGR計算である。初値がマイナスの利益からはCAGRは数学的に定義できない(符号反転で平方根・累乗根が破綻)。この場合は絶対額の推移やマージンの推移で語るべきである。第四の失敗は端点の恣意的選択。開始年をたまたま赤字年にするとCAGRが過大に出るなど、端点選択だけで結論が反転しうる。

メリットとデメリット

メリットは、3式が相互検証可能で電卓レベルで確認できること、長期成績を一つの数値に圧縮して比較できること、そして割引計算という他章の道具の土台になることである。デメリットは、端点(初値と終値)に極めて敏感なこと、期間内の道筋(ボラティリティや順序)の情報が消えること、そして数字が単純ゆえに外挿されやすい誘因そのものになっていることである。

適用条件・非適用条件

適用に向くのは、5年以上の中長期データの要約、割引計算への入力値の整理、同位相間(山と山、谷と谷)の成長比較である。非適用は、変動が激しく期間が短い(2〜3年未満)データ、負値を含む系列、構造転換の前後をまたぐ期間である。いずれも「滑らかな複利成長」というCAGRの暗黙の前提が成立しない。

本サイトの思想との接続

CAGRは「過去の要約」であって「未来の約束」ではない。過去6%が未来6%を保証するわけではないが、未来を語るときの単位系としては有用だ。第8章のドライバー予測(g = ROIC × 再投資率)と接続して初めて、未来の成長率は願望ではなく計算の対象になる。まずは本章で計算機械を正確にすること。

補論: ベータ推定誤差の重み付け

ベータ0.9と1.1はERP5%のもとでKeに約1ポイントの差を生む。負債比率20%ならWACC差は約0.8ポイントで、継続価値の分母(WACC−g)に直接効く。g=2%のとき分母は6.0%から5.2%へ縮み、ターミナル価値は約15%上昇する。学術的に不確かなベータ推定が最も重い場所に効くという非対称性を自覚すれば、感度分析の軸の選び方は自ずと定まる。

変数辞書

本章で使う変数
変数意味
FV将来価値。n年後の時点での価値
PV現在価値。現在時点に割り引いた価値
r期間あたりの利率または成長率(通常は年率)
n期間の年数
CAGR年平均成長率(幾何平均)。初値と終値のみで定まる

推定方法

過去データからのCAGR算出では、起点と終点をサイクルの同位相(山と山、谷と谷)で選ぶ。ボラティリティが高い系列では複数区間のCAGRを併記し、単一年実績の外挿を行わない。負値系列ではCAGRを使わない。

数値例

80→143.27円/10年のCAGR: (143.27/80)^(1/10)−1 ≈ 6%。検算: 1.06^10 = 1.790847、80×1.790847 = 143.27。逆算: 143.27/1.790847 = 80.0。

反例

+50%と−50%を交互に繰り返す銘柄の算術平均リターンは0%だが、複利成果は年平均−13.4%(資産は0.75倍)。算術平均を複利計算に流用すると存在しない利益を生む反例。

利点/欠点

  • 利点: 3式が相互検証可能で電卓レベルで確認できる
  • 利点: 長期成績を単一数値に圧縮し比較できる
  • 利点: 割引計算など他の手法の共通の土台になる
  • 欠点: 端点に敏感で、選び方次第で印象が逆転する
  • 欠点: 期間内の変動経路の情報が失われる
  • 欠点: 外挿されやすく楽観バイアスの温床になる

適用条件・非適用条件

適用できる場面: 5年以上の中長期データの要約、割引計算の入力整理、サイクル同位相間の成長比較。

適用できない場面: 2〜3年未満の短い変動データ、負値を含む利益系列、構造転換前後をまたぐ期間の成長測定。

本サイト入力との対応

簡易版の「EPS成長率」欄および「割引率」欄に入れる値の計算方法に対応。CAGR計算ツールの出力の読み方にも対応する。

精度の読み方

CAGRは小数第1位(0.1ポイント)刻みで十分。10年データでも端点を1年ずらすと0.3〜0.5ポイント動くため、6.0%と6.4%の差に意味を見出さない。割引係数は途中計算では4桁保持し、最終表示時に丸める。

よくある誤り

  • 好況期だけのCAGRを長期予測に外挿する
  • 算術平均リターンを複利計算に流用する
  • 負値からのCAGRを無理に計算して意味不明な数値を出す

技術付録

72の法則は ln2 ≈ 0.693 を 0.72 と丸めた近似。利率が低い帯域(2〜3%)では69の法則(ln2×100)のほうが僅かに正確だが、実務では72で十分。月複利から年複利への変換は (1+月率)^12 − 1 を使う。

一次資料

  • I. Fisher, The Theory of Interest, Macmillan, 1930
  • R. Brealey, S. Myers, A. Edmans, F. Allen, Principles of Corporate Finance, 14th ed., McGraw-Hill, 2023
  • Z. Bodie, A. Kane, A. Marcus, Investments, 12th ed., McGraw-Hill, 2021

章末要約

  • 複利・CAGR・現在価値は同一の式の往復である
  • 平均は幾何(CAGR)を使う。+50%/−50%の年平均は0%ではなく−13.4%
  • CAGRは過去の要約であり、外挿が最大の失敗源泉

理解度クイズ

1. 80円が10年で143.27円になったときのCAGRはいくらか(最も近いもの)。
2. 初年に+50%、翌年に−50%だった銘柄の年平均リターン(幾何平均)はいくらか。
3. CAGRの使い方として誤りはどれか。

未回答の設問があります(0/3問回答済み)。

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