レベル: 応用 / 読了目安: 約35分 / 前提知識: 第3章の純有利子負債。第29章のSOTPの基本形。
学習目標
- 子会社時価×出資比率−親レベル負債−本社コストでNAVを計算できる
- 持株会社ディスカウントの要因を整理して説明できる
- ディスカウント解消のトリガーの有無を確認する習慣を持つ
理論の起源
B. Graham, D. Dodd, Security Analysis, McGraw-Hill, 1934。持株会社ディスカウント(ヘアカット)を実務分析として早期に体系化した古典。
本文
NAV評価の式
純投資型の持株会社(自らは事業を持たず子会社の株式を保有する会社)の価値は、保有資産の時価積算で近似する。
NAV = Σ(子会社iの時価総額 × 出資比率) + 投資有価証券時価 − 持株会社レベル有利子負債 − 本社コスト現在価値
ポイントは三つ。(1)子会社は市場時価があればそれを使い、非上場なら妥当PBR×簿価や個別DCFで評価する。(2)出資比率を掛ける。100%でないのに時価総額を全額足すのは過大である。(3)本社コストを忘れない。親会社の経費は子会社単体の価値に含まれていないため、NAVから差し引くべき「負の資産」である。
数値例:NAVとディスカウント
上場子会社A(時価総額1,000億円・80%保有)→800億円
非上場子会社B(DCFで600億円・100%保有)→600億円
上場株式等の運用資産→300億円
持株会社レベルの有利子負債→250億円
本社コスト(税引後)年12億円÷8%=150億円(永続近似)
NAV = 800 + 600 + 300 − 250 − 150 = 1,300億円
時価総額が1,050億円ならディスカウントは 1 − 1050/1300 ≈ 19%。この19%が「割安」かどうかは自明ではない。ディスカウントには構造的な理由があるからだ。感度も確認しておく。非上場子会社Bの評価を600億円から500億円へ引き下げると、NAVは1,200億円となりディスカウントは約12.5%(=1−1050/1200)まで縮む。非上場資産の評価±10%だけでディスカウント判定が逆転しうるほど、この手法は前提に敏感である。
ディスカウントの要因
第一に還元摩擦である。子会社の利益→持株会社への配当→株主への配当という流路では課税と手数料がかかり、株主の手元に届く前に目減りする。第二に本社コストであり、上の例では150億円ぶん価値を毀損している。第三に支配権と流動性の問題で、少数株主は子会社の分割や資産売却を強制できず、NAVへの収束が自動的には起きない。第四に非上場子会社の評価精度の限界がある。実務では10〜30%のディスカウントを置くことがあるが、税・本社費用・流動性を控除額とディスカウントの両方へ重ねない。本サイトで holdingDiscount と追加流動性割引の両方を入力した場合は加算せず、大きい方だけを代替的に採用し、税・本社費用ドラッグと親会社純負債を控除した後のNAVへ一度だけ掛ける。
還元摩擦の目安を数値で確認しておく。子会社が税後利益100億円を稼ぎ配当性向50%なら、持株会社への配当は50億円。受取配当の益金不算入により法人段階の二重課税は緩和されるものの、持株会社レベルの経費・借入利息・再投資の遅れを差し引くと、最終的に株主へ届くのはその一部にとどまる。簡略化して「還元効率90%」と置けば、株主到達額は45億円、摩擦は5億円/年である。これは配当フローの10%であってNAVの10%ではない。摩擦が他の評価項目に未反映で永久に続くと仮定する場合だけ、要求リターン8%で摩擦PVは5/0.08=62.5億円、上のNAV1,300億円の約4.8%と試算できる。本社費用PVやholding discountへ同じ摩擦を再度織り込まない。
反例・失敗パターン
第一の失敗は上場子会社を簿価または恣意的なPBRで評価し市場時価を無視すること(あるいはその逆にバブル期の時価を直取りすること)。第二は本社コストをゼロ扱いにすること。第三は出資比率の掛け忘れである。第四の失敗は「ディスカウントはいずれ解消する」と希望だけを織り込むこと。解消には買収・TOB・上場子会社の完全子化・事業分割といった具体的トリガーが必要で、トリガーの兆候がないなら、ディスカウントは恒常的なものとして受け入れるのが誠実である。実務上の目安としては、過去10年分のディスカウント帯(例: 10〜25%)を記録し、現在の時価総額がその帯のどこにいるかを確認してから割安判断をする習慣が有効だ。
メリットとデメリット
メリットは、計算が明快で保有資産の内訳が開示から追えること、子会社の価値変化(上場子会社の株価下落など)を即座にNAVへ反映できること、解散価値の近似として機能することである。デメリットは、非上場子会社の評価に恣意が入りやすいこと、本社コストとシナジーの見積もりが難しいこと、そしてディスカウントの「正当水準」に客観的な答えがないことである。
適用条件・非適用条件
適用: 純投資型の持株会社、傘下上場会社の比率が高い事業持株会社、清算・再編がテーマの企業。非適用: 傘下事業との連携が本質的な価値源になっている運営型持株会社(部門別DCFや全体DCFが妥当)、子会社情報の開示が乏しすぎて評価できない場合。
本サイトの思想との接続
持株会社のNAVは「時価で買える資産の棚卸し」である。簡易版ツールでは各保有株式の時価を出所付きで記録し四半期ごとに更新すること。理論株価の一点ではなく「NAV×(1−ディスカウント帯)」というレンジ思考が、この業種では特に有効である。
変数辞書
| 変数 | 意味 |
|---|---|
| NAV | Net Asset Value。持分時価合計から親レベル負債・本社コストを控除した額 |
| w_i | 子会社iへの出資比率 |
| M_i | 子会社iの時価評価(上場なら市場時価総額) |
| C_HQ | 本社コスト現在価値。税引後経費÷資本コスト |
| ND_hc | 持株会社レベルの正味有利子負債 |
| Disc | 時価総額のNAVに対するディスカウント率 |
推定方法
上場子会社は市場時価、非上場は妥当PBR×簿価または個別DCF。本社コストは税引後実績の平均を使い永続近似で資本化。ディスカウントは同種事例や過去レンジを参照しつつ、解消トリガーの有無で帯を狭めるか広げるか判断する。
数値例
A社1,000億円×80%=800億円+B社600億円+運用資産300億円=1,700億円。有利子負債250億円・本社コスト12億円/8%=150億円を控除しNAV=1,300億円。時価総額1,050億円ならディスカウント約19%。
反例
出資比率の掛け忘れで子会社Aを1,000億円(全額)計上するとNAVは1,500億円となり200億円の過大評価。80%保有の子会社の残り20%は他人の持ち分であり、NCI控除と同じ論理である。
利点/欠点
- 利点: 計算が明快で保有資産の内訳を開示から追える
- 利点: 子会社の株価変化を即座にNAVへ反映できる
- 利点: 解散価値の近似として機能する
- 欠点: 非上場子会社の評価に恣意が入りやすい
- 欠点: 本社コストとシナジーの見積もりが難しい
- 欠点: ディスカウントの正当水準に客観的な答えがない
適用条件・非適用条件
適用できる場面: 純投資型持株会社。傘下上場会社比率が高い事業持株会社。清算・再編がテーマの企業。
適用できない場面: 傘下事業との連携が価値の本質である運営型持株会社。子会社開示が乏しすぎる企業。
本サイト入力との対応
ルックスルーNAV−税/本社費ドラッグ−親会社純負債の後にholding discountを一回だけ適用。追加流動性割引はholding discountへ加算せず、両方あるときは大きい方だけを代替採用する。簡易版はcross_check、詳細版は重複検査通過時だけprimary。 AI Protocol 1.10.0(更新日 2026-08-30): sector_id=investment_holdco、strategy=sotp_nav、theory_status=conditional、simple_role=cross_check、detailed_role=primary_if_all_gates_pass、primary_value_eligible=全門番・拒否条件・consistency_checks・単位・時点・希薄化検査の通過後だけtrue。 詳細式: Σsegment_or_holding_NAV − max(NAV−tax_basis,0)×tax_rate_on_gain − parent_net_debt − pension − NCI − HQ_cost_PV、holding_discountは一回だけ。旧一括dragは分離入力がない場合だけ使用 式の門番: 部門EVと株主価値を混在させず、含み益以外へ売却税率を掛けない。税・本社費・親会社項目・希薄化を同時点で各一回だけ反映 適用門番: 被保有企業の価値は市場価格または公正価値ですか?(期待回答=はい、理由=簿価NAVは意味が薄い) / 本社経費を永続費用として評価していますか?(期待回答=はい、理由=持株会社のコストは継続する) / 子会社株式売却時の税を見積もりましたか?(期待回答=はい、理由=含み益課税) / 非公開保有に流動性割引を適用しましたか?(期待回答=はい、理由=換金性の反映) 拒否条件: ルックスルー利益とNAVを二重計上しない / 非公開保有への無割引評価禁止 出力: value_at=year10、basis=perShare、unit=円/株。現在価値への橋渡し=today_theoretical_value = applicable_year10_value ÷ (1 + present_value_discount_rate)^10 + applicable_interim_distribution_PV。1株換算できる場合はbasis=per_share、総額のままならbasis=total_equity。年次配当・分配を0とする場合は過小評価警告。現在の理論価値と10年後価値は別欄・別キーで返す。全門番、拒否条件、モデル固有consistency_checks、単位・時点・希薄化検査を通過した詳細版だけ 整合検査: 含み益税=max(10年後NAV−10年後税務簿価,0)×実効税率とし、NAV全体へ税率を掛けない / 本社費用PV・含み益税・親会社純負債を10年後・円/株へ揃えて各一回だけ控除。分離入力時は旧一括dragを無視 / 追加流動性割引はholdingDiscountへの加算ではなく代替・大きい方のみ / 保有資産価値と親会社純負債を同時点で測定
精度の読み方
非上場子会社の評価誤差だけでNAV±15%動きうる。NAVは「1,300億円」ではなく「1,100〜1,500億円」と帯で示し、時価総額との比較も帯対比で行う。
よくある誤り
- 上場子会社を簿価で評価し市場時価を無視する(または逆)
- 本社コストをゼロ扱いにする
- 出資比率の掛け忘れで100%分を計上する
- holding discountと追加流動性割引を足し、同じ換金性リスクを二重控除する
技術付録
本社コストの資本化は税引後経費÷資本コスト。12億円÷8%=150億円。本社コストが子会社への管理サービス対価として回収されている場合は二重計上に注意し、「子会社側で払っているのか親側で負担しているのか」を整理してから積算する。
一次資料
- B. Graham, D. Dodd, Security Analysis, McGraw-Hill, 1934
- A. Damodaran, Investment Valuation, 3rd ed., Wiley, 2012
- Koller, Goedhart, Wessels, Valuation: Measuring and Managing the Value of Companies, 7th ed., Wiley, 2020
章末要約
- NAV=Σ(子会社時価×出資比率)+投資有価証券−親負債−本社コスト現在価値
- 例では800+600+300−250−150=1,300億円、時価総額比約19%ディスカウント
- ディスカウントは還元摩擦・本社コスト・支配権欠如が理由であり、解消トリガー確認が前提
理解度クイズ
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