レベル: 応用 / 読了目安: 約35分 / 前提知識: 第3章の純有利子負債。第34章の正常化EBITDAの考え方。
学習目標
- 船腹×TCEから10年後正常化EBITDAを組み立てられる
- スクラップ価格が船価・NAVの下限として機能する理由を説明できる
- 谷と山のEBITDAを正常化できる
理論の起源
M. Stopford, Maritime Economics, 2nd ed., Routledge, 2009。海運市況と船価形成(新造船価・中古船価・解体価格の三価格体系)を体系的に論じた標準的教科書。
本文
現行サイトの評価経路
海運は運賃指数が数年周期で激変する典型のサイクル産業である。現行サイトは、契約カバー済み部分とスポット感応部分を分けたうえで10年後事業価値を作る。
売上10 = 船腹0×(1+船腹成長率)^10 × TCE0×(1+TCE変化率×(1−契約カバー率))^10
EBITDA10 = 売上10 × (中間EBITDAマージン−用船更新マージン低下pt)
株主価値10 = max(0, EBITDA10×Exit EV/EBITDA−純負債10)
用船更新影響はTCEの成長率ではなくEBITDAマージンの百分率ポイントとして一度だけ反映する。環境規制対応CAPEXは倍率分子のEBITDAから再控除せずFCF診断に一度だけ使う。この詳細値は conditional / cross_checkであり、船価・契約・維持投資の一次資料照合なしに主値へ昇格しない。総額(億円)を1株価値へ変換する場合だけ、同じyear10時点の希薄化後株式数で割る。
外部クロスチェックとしての船舶NAV
事業価値とは別に、次の資産アプローチを外部cross_checkとして交差させる。
事業アプローチ: 株主価値 = 正常化EBITDA × 倍率 − 正味有利子負債
資産アプローチ(NAV): 株主価値 = 保有船舶の時価 + 現金等 − 有利子負債
船舶という流動性のある実物資産を持つため、資産アプローチが比較的成立しやすいのが他のサイクル業種との相違点である。ただし現行サイトは船価NAVを自動出力する主経路ではない。外部で作ったNAVと事業価値の乖離を情報として読み、船価と営業価値を合算して二重計上してはならない。
船価の下限:スクラップ価格
船舶価値には物理的下限がある。解体(スクラップ)需要が支える解体価格である。船体は鋼材として売却でき、船価がそこを下回ると解体が進んで供給が減り、運賃回復→船価回復という平均回帰メカニズムが働く。新造船価・中古船価・解体価格という三つの価格が常時並存し、中古船価はその間で需給により動く。したがってNAV評価では「船価=解体価格」を極端な下限シナリオとして必ず試算する。
積算の実務も押さえておく。同型船の成約事例がない場合でも、新造船価×船齢別の残存率曲線で近似できる。例えば新造船価合計600億円・平均船齢12年の船隊を残存率58%で評価すれば 600 × 0.58 = 約348億円となり、本文後述の時価評価350億円とほぼ整合する。解体価値は鋼材量(軽貨物トン数)×地域別単価で別途算出し、時価評価と並べて「下限の帯」を作る。また長期傭船契約を持つ会社では、契約CFをDCFで評価した額と船舶時価NAVのどちらが高いかで、その会社が「資産ホルダー」か「契約ポートフォリオ」かを見分けられる。
数値例:三水準のNAV
保有船舶20隻、帳簿価額500億円、二手船市場での時価評価350億円、解体価値合計60億円。正味有利子負債50億円とする。
NAV(船価時価ベース) = 350 − 50 = 300億円
ストレスシナリオ(船価半額175億円) → NAV = 125億円
極端下限(解体価格60億円) → NAV = 10億円
時価総額が10億円を下回るようなら清算裁定(理論上)の候補となり、逆に300億円に近づくなら回復期待が織り込まれた水準と言える。なお帳簿価額500億円は取得原価の残骸であり、NAV計算には使わない。
一方、事業アプローチでは、直近EBITDA20億円(谷)、サイクル平均45億円から正常化EBITDA40億円を採用し、40 × 6倍 = EV240億円 → 株主価値190億円となる。資産アプローチの300億円より110億円低い。谷局面では市場が回復を織り込まないため事業アプローチが保守的に見えるのが常で、この乖離の解釈(割安か、構造的な価値毀損か)こそ海運投資の核心である。
反例・失敗パターン
第一の失敗は谷のEBITDAの恒常化による過小評価、または山の恒常化による過大評価である。第二は中古船を新造船価で評価すること(経年discountが必要)。第三は解体下限の試算漏れで「株価がNAVの3割だから割安」と即断すること。NAVのどの水準(時価かストレスか下限か)を使った数字かを明示しない議論は無意味である。第四は老朽船隊の更新義務(維持Capex)を無視し、NAVの高さだけを見ることである。
メリットとデメリット
メリットは、船舶市場価格という外部基準で資産価値を検証できること、解体価格という物理的下限で下値リスクを測れること、二方向の評価交差でサイクル位置の判断材料が得られることである。デメリットは、船価自体がサイクル変数なのでNAVも安定しないこと、船種・船齢で単価が大きく異なり積算の手間がかかること、運航能力や契約(長期傭船契約)の価値が資産アプローチに入らないことである。
適用条件・非適用条件
適用: 船舶保有型の海運会社(タンカー・バルカー・コンテナ)、船舶保有資産を持つ商社の部門評価。非適用: 船を持たない仲介・フォワーダー事業(フィー事業として通常DCF)、長期傭船契約が収益の大半を占める会社(契約CFベースのDCFが主となる)。
本サイトの思想との接続
現行サイトの海運モデルは船腹×TCE×正常化EBITDAマージン×Exit EV/EBITDA−純負債のcross_checkである。船価時価NAV・ストレスNAV・解体下限NAVは一次資料から外部検算として作り、サイト値へ加算しない。事業価値のレンジとNAV三本線を並べ、乖離理由を契約カバー、船齢、用船更新、環境CAPEXへ分解する。
変数辞書
| 変数 | 意味 |
|---|---|
| V_ship | 保有船舶の時価評価(二手船市場ベース) |
| V_scrap | 解体価値。船価の物理的下限 |
| ND | 正味有利子負債 |
| NAV | Net Asset Value=V_ship+現金等−ND。ストレス・下限版も作る |
| M_norm | 正常化EBITDA。谷と山を含む期間の中間水準 |
| Mult | EV/EBITDA倍数。サイクル平均的な水準 |
推定方法
船舶時価はブローカー査定・成約事例・同型船取引から船齢別に積算する。解体価値は軽貨物トン数×地域別解体単価。正常化EBITDAは1〜2サイクル分(5〜10年)の実績から中央値または平均を採る。
数値例
船時価350億円−正味負債50億円=NAV300億円。ストレス(船価半額175億円)で125億円、解体下限(60億円)で10億円。事業アプローチは正常化EBITDA40億円×6倍=EV240億円−50億円=株主価値190億円。
反例
「時価総額100億円はNAV300億円の3割だから割安」と解体下限(10億円)と正味負債の確認なしに結論する反例。ストレスNAV125億円すら下回る水準なら、割安ではなく資産価値自体への疑いを持つべき水準である。
利点/欠点
- 利点: 船舶市場価格という外部基準で資産価値を検証できる
- 利点: 解体価格という物理的下限で下値リスクを測定できる
- 利点: 二方向の評価交差でサイクル位置の判断材料が得られる
- 欠点: 船価自体がサイクル変数のためNAVも不安定
- 欠点: 船種・船齢で単価が異なり積算の手間がかかる
- 欠点: 運航能力や長期傭船契約の価値が資産アプローチに入らない
適用条件・非適用条件
適用できる場面: 船舶保有型の海運会社(タンカー・バルカー・コンテナ)。船舶保有を持つ商社の部門評価。
適用できない場面: 船舶を持たない仲介・フォワーダー事業。長期傭船収入が大半の会社(契約CFベースのDCFが主)。
本サイト入力との対応
現行詳細式は船腹×TCE→用船更新影響後の中間EBITDA×Exit EV/EBITDA−純負債でcross_check。環境CAPEXはFCF診断へ一度だけ。船価NAV三本線は外部検算で、営業価値へ加算しない。 AI Protocol 1.10.0(更新日 2026-08-30): sector_id=shipping、strategy=operating_ev、theory_status=conditional、simple_role=cross_check、detailed_role=cross_check、primary_value_eligible=false(主値へ昇格不可)。 詳細式: year10_quantity × year10_rate × matching_margin × matching_exit_multiple − year10_net_debt(業種固有の費用・単位調整を先に反映) 式の門番: 倍率の分母と利益指標を一致。CAPEX・リース・希薄化を二重控除しない 適用門番: TCEはサイクルの中位に正常化されていますか?(期待回答=はい、理由=ボーナス運賃の固定化禁止) / 契約比率とスポット比率を分けましたか?(期待回答=はい、理由=収益の変動性が異なる) / 環境規制(EEXI/CII等)のCAPEXを織込みましたか?(期待回答=はい、理由=既存船の改修コストは必至) / 老朽船のスクラップ価値を過大に数えていませんか?(期待回答=いいえ、理由=船価は循環する) 拒否条件: サイクル頂点の運賃を永久化しない / 船価と営業価値の二重計上禁止 出力: value_at=year10、basis=total、unit=億円。現在価値への橋渡し=today_theoretical_value = applicable_year10_value ÷ (1 + present_value_discount_rate)^10 + applicable_interim_distribution_PV。1株換算できる場合はbasis=per_share、総額のままならbasis=total_equity。年次配当・分配を0とする場合は過小評価警告。現在の理論価値と10年後価値は別欄・別キーで返す。主値ではなくクロスチェック。TCE・契約カバー・用船更新・環境CAPEXを集約した比較倍率ブリッジ。船価・契約条件・維持投資の一次資料照合なしに主値へ昇格しない。 整合検査: 船腹・TCE・稼働日数の単位を一致 / 契約TCEとスポットTCEを別々に10年間複利計算した水準を契約カバー率で加重し、加重成長率を複利しない / 用船更新影響はEBITDAマージンポイントとして一度だけ反映し、詳細倍率はクロスチェックに限定
精度の読み方
船価350億円が±10%なら315〜385億円となり、純負債50億円を固定したNAVは265〜335億円。NAVは十億円単位で丸め、「300億円」ではなく「265〜335億円」と帯で示し、三本ライン上の現在位置で読む。
よくある誤り
- 谷または山のEBITDAを恒常化する
- 中古船を新造船価で評価する
- 解体下限の試算なしにNAVディスカウントを割安根拠に使う
技術付録
解体価格の下限メカニズムは供給調整として働く: 船価<解体価値+解体コストなら解体が増え、将来供給が減って運賃・船価の回復圧力になる。この自己修正があるからこそ、永久成長ではなく有限のサイクル前提で評価するのが筋である。
一次資料
- M. Stopford, Maritime Economics, 2nd ed., Routledge, 2009
- Koller, Goedhart, Wessels, Valuation: Measuring and Managing the Value of Companies, 7th ed., Wiley, 2020
- A. Damodaran, Investment Valuation, 3rd ed., Wiley, 2012
章末要約
- 現行サイトは船腹×TCE×正常化EBITDAマージン×Exit EV/EBITDA−純負債のcross_check
- 船価には解体価格という物理的下限があり、例ではNAV下限10億円・時価ベース300億円
- 船時価NAV・ストレスNAV・解体NAVは外部検算。事業価値と合算せず乖離理由を読む
理解度クイズ
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