レベル: 実践 / 読了目安: 約40分 / 前提知識: 第12章のCAPM/WACC、第13章のFCFF DCF、第44章の指数モデル、第46章の感度分析。
学習目標
- GDP・産出ギャップ・物価・政策金利・長期金利・為替の関係を条件付きの式として説明できる
- マクロ経路を企業売上、Rf、ERP、Ke/WACC、永続成長率へ二重計上なく接続できる
- 構造シナリオと統計的予測を区別し、校正不足なら主値を停止できる
理論の起源
J. B. Taylor, Discretion versus Policy Rules in Practice, 1993。Federal Reserve BoardのTaylor rule解説、Fisher関係、IMFのUncovered Interest Parity研究を、企業価値評価の前提整合チェックへ限定して実装する。
本文
このモデルがすること、しないこと
本サイトの /macro/ モデルは、実質GDP成長、産出ギャップ、インフレ、政策金利、長期金利、為替を10年間連動させる構造シナリオである。theory_status=conditional、valuation_role=assumption_support、primary_value_eligible=falseとする。つまり企業価値そのものを出す主値モデルでも、景気を自動的に当てる計量予測でもない。利用者が置いた係数とショックが互いに矛盾していないかを検査し、DCFや指数モデルへ渡す前提を作る補助モデルである。
実績データで係数を推定せず、予測起点日も固定していない出力を「GDP予測」「金利予測」と呼んではならない。Base/Bear/Bullは条件付き経路であり、発生確率や信頼区間ではない。AIが一次資料へアクセスできない場合も、既定値を最新の市場予想と偽ってはいけない。
既定Bear/Bullは需要悪化/改善とリスクオフ/オンのstress deltaである。景気循環だけで中央銀行の物価目標や中立実質金利という政策レジームを暗黙変更しない。供給ショック型や政策レジーム変更を検討する場合は、別の明示シナリオ調整として根拠を付ける。
産出ギャップと実質成長
産出ギャップは実際の実質GDPと潜在GDPの乖離率である。簡略化した年次経路では、前年ギャップの閉鎖と、前年の実質政策金利が中立実質金利から乖離した効果を同じ年次行へ渡す。
real_policy_gap_(t−1) = (1+i_(t−1))/(1+π_(t−1))−1−r*
gap_t = gap_(t−1) × (1−closure_rate) − φ_r × real_policy_gap_(t−1)
potential_GDP_t = potential_GDP_(t−1) × (1+potential_growth_t)
real_GDP_t = potential_GDP_t × (1+gap_t)
real_GDP_growth_t = real_GDP_t / real_GDP_(t−1) − 1
したがって実質GDP成長は、単純に「潜在成長+ギャップ前年差」とはせず、潜在GDPとギャップ水準から再計算する。フィードバック係数φ_rを0にすれば、ギャップは閉鎖率だけで機械的に収束する。
各年次行は年末値である。当年の産出ギャップは前年の実質政策金利ギャップを使い、当年物価の需要・為替効果も前年ギャップと前年FX変化を使うため、フィードバックは1年ラグになる。
この接続により、不況後にギャップが閉じる局面では実質成長が一時的に潜在成長を上回り、過熱解消では下回る。ただしgapは観測不能で改定も大きいため、一点を事実扱いしない。
物価と政策金利
インフレは目標への平均回帰、需要圧力、通貨安の価格転嫁を分ける。供給ショックを置く場合は、別のシナリオ調整として入力し、平均回帰やFX転嫁と同じ項へ重ねない。
π_t = π_(t−1) + m(π*−π_(t−1)) + κ×gap_(t−1) + λ_fx×FX_depreciation_(t−1)
これは期待形成を完全に解いたNew Keynesianモデルではなく、年次の縮約形である。為替転嫁率λ_fxは国・品目・局面で変わるので観測値ではなく校正値として扱う。
政策金利の望ましい水準はTaylor型の反応式で置く。
i*_t = (1+r*)(1+π*)−1 + φ_π(π_t−π*) + φ_y×gap_t
i_t = ρ_i×i_(t−1) + (1−ρ_i)×i*_t
政策ショックを比較する場合はpolicyRate0またはBear/Base/Bullの条件付き差分として置き、同じショックをTaylor目標と平滑化後の金利へ二重に加えない。
φ_πは通常正で、インフレ上昇に対して名目金利を十分反応させる。ρ_iは金利平滑化である。ただしTaylor ruleは中央銀行の行動を機械的に決める法則ではなく、政策反応を透明に比較するベンチマークにすぎない。ゼロ・実効下限制約、資産買入れ、財政政策は別シナリオで扱う。
Fisher関係、長期金利、為替
Fisher関係では、名目金利は概ね実質金利と期待インフレに分かれる。
nominal_long_rate ≈ expected_real_long_rate + expected_inflation + term_premium
長期金利を単に政策金利と同じにせず、長期の中立実質金利、期待物価、タームプレミアム、政策サイクルの一部を分ける。厳密な複利では (1+i)=(1+r)(1+π^e) であり、高インフレ時は単純加算との差を確認する。
為替指数Sは「国内通貨/外国通貨」と定義し、上昇を国内通貨安とする。エンジンはgross UIP差分を使う。
gross_uip_t = (1+i_domestic,t)/(1+i_foreign,t)−1
FX_change_t = sensitivity × gross_uip_t + FX_risk_premium_t
S_t = S_(t−1) × (1+FX_change_t)
この符号では国内金利−海外金利が正なら、理論上の将来国内通貨安方向が正になる。ただしUIPは短期データでしばしば棄却されるため、FX経路は予測主値ではなく条件付きストレス軸である。符号定義、外国金利、リスクプレミアムを必ず表示し、PPPや現在のフォワードと混ぜない。
名目GDPと企業価値への橋渡し
名目成長は実質と物価の単純和ではなく複利で計算する。
nominal_GDP_growth_t = (1+real_GDP_growth_t)(1+π_t)−1
企業売上への接続は、国内需要感応度、価格転嫁率、外貨売上比率、企業固有成長を別項目にする。
1+revenue_growth_t = (1+β_gdp×real_GDP_growth_t) × (1+pass_through×π_t) × (1+fx_exposure×FX_depreciation_t) × (1+company_alpha_t)
低率の加算は直感を得る近似にすぎず、エンジンの年次行とterminal cross-checkはこの積を使う。企業固有成長company_alpha_tは実質成長として入力し、既に名目値へ含まれる物価を再入力しない。
同じ通貨安効果を売上成長とマージン改善の両方へ全量入れたり、既に名目値の会社計画へインフレを再加算したりしてはいけない。企業固有計画にマクロが含まれるなら、macro_bridge_status=already_embeddedとして追加調整を0にする。
割引率側は評価通貨と期間を一致させる。
Ke_t = Rf_t + beta×ERP_t
WACC_t = Ke_t×E/V + Kd_t×(1−tax)×D/V
景気後退時のERP上昇をシナリオへ入れる場合、成功確率低下やCF下振れへ同じリスクを重ねない。ERPは0以上の内部小数で入力する。terminal gを外生入力しない場合、エンジンは安定期の売上成長と名目GDP成長の小さい方(min(安定期売上成長, 名目GDP成長))を長期上限クロスチェックとして使う。これはFCF成長率を保証せず、ROICと再投資率、競争収斂を別途確認する。WACC−gが25bp未満なら停止、25〜100bp未満なら高感度として必ずレンジを示す。
数値例
潜在実質成長1.0%、実質成長1.0%、物価2.0%なら名目GDP成長は 1.01×1.02−1=3.02%である。物価3.0%、目標2.0%、産出ギャップ−1.0%、中立実質金利0.5%、φ_π=1.5、φ_y=0.5なら、エンジンのTaylor目標は (1.005×1.02−1)+1.5×(3.0−2.0)−0.5×1.0=3.51% となる。前期政策金利1.0%、平滑化ρ_i=0.75なら当年は 0.75×1.0+0.25×3.51=1.6275%、約1.63%である。
企業の国内実質GDP感応度1.2、価格転嫁率0.7、外貨感応度0.3、通貨安4.0%、企業固有成長0.5%なら、エンジンの積は 1.012×1.014×1.012×1.005−1=4.367%、約4.37%(概算表示では約4.38%)である。加算だけの4.3%を主値にしない。Rf=2.0%、beta=1.1、ERP=5.5%ならKe=8.05%。税前Kd=3.0%、税率30%、D/V=20%ならWACC=8.05%×80%+3.0%×70%×20%=6.86%。安定期売上成長が3.13%、名目GDP成長が3.02%なら、未指定terminal gは min(3.13%,3.02%)=3.02% であり、差は3.84ポイントでGordon門番を通る。
為替の数値例では国内政策金利3.0%、海外政策金利1.0%、感応度1.0、リスクプレミアム0.5%なら、gross UIP差分は 1.03/1.01−1=1.980%、FX変化は約2.480%の国内通貨安である。
失敗パターン
GDP5%、物価4%、政策金利0%、長期金利1%、通貨高、terminal g5%を同時に置いても計算機は数字を返せる。しかし政策反応、Fisher関係、名目・実質、為替符号が矛盾しており経済的意味はない。もう一つの典型は、Baseの会社計画に既に物価と為替が含まれるのに、マクロ橋渡しで再度上乗せする二重計上である。
監査手順
評価日、対象国・通貨、各入力の資料日を固定する。次にBase/Bear/Bullそれぞれで10行の経路を出し、実質×物価=名目、政策反応、長期金利分解、FX符号を検算する。最後に企業価値へ渡した項目だけをbridgeへ列挙し、渡していない項目を0またはnot_usedと明示する。係数の一次資料・推定期間・誤差がない場合、結果はindicative_onlyでありprofessional_standard_passedに昇格させない。
変数辞書
| 変数 | 意味 |
|---|---|
| gap | 産出ギャップ。実質GDPの潜在GDPからの乖離率 |
| π / π* | インフレ率と中央銀行の物価目標 |
| r* | 中立実質金利。景気を加速も減速もさせない推定実質金利 |
| ρ_i | 政策金利の平滑化係数。0〜1 |
| UIP | 無カバー金利平価。金利差と期待為替変化を結ぶ条件付き仮説 |
| macro bridge | マクロ経路から企業の売上・割引率・terminal gへ渡した調整一覧 |
推定方法
評価日時点の法定統計、中央銀行見通し、市場金利・期待インフレを優先する。ρ・φ・κ・為替転嫁率は国別の推定値または幅を使い、単一点を普遍定数として扱わない。Base/Bear/Bullは同じ定義と起点から作る。
数値例
実質1.0%・物価2.0%→名目3.02%。Taylor目標はφπ=1.5で3.51%、前期1.0%・平滑化0.75→政策金利1.6275%(約1.63%)。企業売上橋渡しは積で1.012×1.014×1.012×1.005−1=4.367%(概算約4.38%)。gross UIPは1.03/1.01−1=1.980%。Rf2.0%、beta1.1、ERP5.5%→Ke8.05%、税後負債を含むWACC6.86%。未指定terminal gは安定期売上成長と名目GDP成長のmin。
反例
会社計画が既に名目売上で物価・為替を含むのに、マクロ経路の物価2%と通貨安4%をもう一度加算する。計算はできても同じ効果の二重計上であり、価値を意図的に膨らませる。
利点/欠点
- 利点: GDP・物価・金利・為替の前提間矛盾を年次で発見できる
- 利点: 企業固有計画とマクロ調整の境界を明示できる
- 利点: Bear/Base/Bullの差がどのショックから生じたか追跡できる
- 欠点: 縮約形であり合理的期待や金融部門を完全には解かない
- 欠点: 係数推定とリアルタイム産出ギャップに大きな誤差がある
- 欠点: UIPの短期予測力は弱く、為替経路は特に不確実
適用条件・非適用条件
適用できる場面: 10年DCF、銀行・不動産・資源・輸出企業、指数モデルの共通シナリオ作成。名目/実質、通貨、金利感応度を揃えたい評価。
適用できない場面: 短期のGDP・為替売買予測、政策当局の公式予測、DSGE・VAR等の推定済み計量モデルを必要とする用途。
本サイト入力との対応
/macro/ の10年構造シナリオとAI Protocol 1.10.0(更新日 2026-08-30)に対応。macro-structuralはconditional / assumption_support / primary_value_eligible=false。出力はマクロ経路と企業価値入力へのbridgeであり、単独で理論株価を返さない。
精度の読み方
政策反応係数や為替転嫁率を小数第2位まで精密に見せても、産出ギャップ改定やレジーム変化の誤差の方が大きい。率は原則0.1ポイント、価値への影響は感度レンジで読む。
よくある誤り
- 構造シナリオを統計的予測や発生確率と呼ぶ
- 名目会社計画へ物価・為替を二重加算する
- 短期UIPを確定的な為替予測として使う
- 評価通貨と異なるRf・ERPをWACCへ混ぜる
技術付録
根拠資料: Federal Reserve Board, Principles for the Conduct of Monetary Policy(Taylor rule); Federal Reserve Bank of St. Louis, The Fisher Equation; P. Isard, Uncovered Interest Parity, IMF Working Paper 06/96; M. Chinn and G. Meredith, Monetary Policy and Long-Horizon Uncovered Interest Parity, IMF Staff Papers 51(3)。UIPは短期で広く棄却され、長期では相対的に支持が強いという限界も同時に採用する。
一次資料
- J. B. Taylor, Discretion versus Policy Rules in Practice, Carnegie-Rochester Conference Series on Public Policy 39, 1993
- Federal Reserve Board, Principles for the Conduct of Monetary Policy
- P. Isard, Uncovered Interest Parity, IMF Working Paper 06/96, 2006
- M. Chinn and G. Meredith, Monetary Policy and Long-Horizon Uncovered Interest Parity, IMF Staff Papers 51(3), 2004
章末要約
- マクロモデルはconditionalな構造シナリオで、予測主値や理論株価ではない
- 実質GDP・物価・政策/長期金利・為替を10年連動し、企業価値入力へbridgeする
- 名目/実質、通貨、gross UIP符号、積の売上bridge、terminal gのmin、二重計上、Gordon 25bpを検査し、校正不足はindicative_only
理解度クイズ
未回答の設問があります(0/3問回答済み)。