レベル: 応用 / 読了目安: 約35分 / 前提知識: 第2章の現在価値と年金現価係数。第3章の純有利子負債。
学習目標
- 埋蔵量×価格×マージンの有限NAVを手計算で組み立てられる
- 継続価値の永久化が資源株で禁止される論理を説明できる
- 価格前提±10%の感度から価値レンジを出せる
理論の起源
Ian C. Runge, Mining Economics and Strategy, Society for Mining, Metallurgy & Exploration (SME), 1998。鉱山経済学において埋蔵量ベースの有限キャッシュフロー評価を体系化した実務書。
本文
NAVの基本式と「有限」の意味
資源企業の価値は「埋蔵量×(価格−費用)」から始まる。基本式は次の通り。
NAV = Σ [ 生産量_t × (価格_t − 単位費用_t) − 維持投資_t ] / (1+r)^t − 正味有利子負債 + 未開発資産等
一般事業のDCFと決定的に違うのは、明示予測期間が鉱山寿命(mine life)で打ち止めになる点である。継続価値を置かない。累積生産量は埋蔵量を超えられないためで、これは近似ではなく物理的制約である。
永久化禁止の論理
通常のDCFは継続価値 TV = CF×(1+g)/(r−g) で永続成長を近似するが、資源NAVではこれが禁止される。埋蔵量100万トン・年産10万トンの鉱山に g=2% の永久成長を入れると、生産量は数学上無限に伸び続け、累積生産量が埋蔵量を突破する矛盾が起きる。式上は価値が出ても実体がない。延命掘削や新鉱区開発は「別のプロジェクト」として個別に積み上げ、本体NAVには含めない。これが本章最大のルールである。
数値例:寿命10年の銅山
埋蔵量100万トン・年産10万トンの銅山(寿命10年)を評価する。長期実質価格15万円/トン、採掘〜輸送の単位費用合計9万円/トン → 粗利益6万円/トン × 10万トン = 年間粗利益6億円。現地管理費と維持Capexを計1億円/年引いた正味CFは5億円/年。割引率 r=12%。
年金現価係数(10年、12%) = (1 − 1.12^−10)/0.12。検算: 1.12^10 = 3.10585、その逆数は0.32197、(1 − 0.32197)/0.12 = 5.6502となり一致する。
PV = 5億円 × 5.6502 = 28.25億円
正味有利子負債4億円、未開発探査区画の期待価値2億円として、
NAV = 28.25 − 4 + 2 = 26.25億円
もし誤って g=2% で永久化すると TV = 5/(0.12−0.02) = 50億円が追加され、NAVは約76.25億円になる。実体のない50億円ぶんの水増しであり、真の価値の約2.9倍である。寿命が明示されているのに永久化するのは、借金の返済期日を消して貸借対照表を膨らませるのと同じ誤りだ。
価格の取り方と感度
価格にはスポットではなく、コンセンサス長期価格・先物カーブ平均・過去10年実質平均のいずれかを使い、選んだ根拠を明示する。感度を見てみる。価格が+10%(16.5万円/トン)になると粗利益は7.5万円/トン、正味CFは6.5億円/年となり、PV = 6.5 × 5.6502 = 36.73億円、NAV = 34.73億円と約1.3倍に増える。逆に−10%では正味CF3.5億円/年でPVは19.78億円、NAVは約17.78億円と約0.68倍に落ちる。価格±10%でNAVが±30%前後動くのが資源株の常態であり、理論価値は常にレンジで読む。
本サイトの10年後残存価値
上のNAVは今日から鉱山寿命までを評価する標準理論である。一方、本サイトの業種詳細版は10年後時点に残る権益の株主価値を返す。10年目以後の残存埋蔵量から有限FCFFを作り、閉山・原状回復・返還額は正負の符号を保って一度反映する。埋蔵量・権利が10年より前に尽きる場合、10年までの清算・分配経路、後継契約、再投資先のいずれも明示されなければyear10価値へ橋渡しできないため status=not_computable とする。ゼロを暗黙の清算価値にしたり、存在しない永久価値を置いたりしない。
反例・失敗パターン
第一の失敗は前述の永久化。第二の失敗はスポット価格の直用で、山の価格で作ったNAVは恒常的高止まりを織り込んで過大に、谷の価格なら過小になる。第三の失敗は埋蔵量カテゴリの混同で、確認埋蔵量(proven)・推定埋蔵量(probable)・推定資源量(inferred)では確度が違う。inferredにprovenと同一の価格・費用前提を置くのは危険で、haircutを掛けるか割引率を段階上げする。第四の失敗は初期開発投資やロイヤルティ・資源国特別税・為替の脱落である。
メリットとデメリット
メリットは、(1)価値が埋蔵量・品位・コストという物理量に紐づき、仮定の監査が容易なこと、(2)寿命が有限ゆえ予測期間が短く、不確実性の蓄積が小さいこと、(3)外部の商品価格基準と突き合わせて前提を検証できることである。デメリットは、(1)価値への寄与が価格前提に集中し感度が極端なこと、(2)探査成功や権益更新といったオプション価値を静的な積算が捉えきれないこと、(3)カントリーリスクを割引率へ押し込むと恣意が入りやすいことである。
適用条件・非適用条件
適切な対象は、採掘寿命が定義でき、産出量・コスト構造が開示や技術検討から見積もれる操業中の鉱山・油田・LNG事業、および総合商社などにおける資源部門の一部門評価である。非適用なのは、(1)発見確率そのものが支配的な探査段階の権益(期待値法や実オプション的思考が必要)、(2)生産量を設備と経営判断で決める精錬・加工事業(NAVよりDCFや相対評価が妥当)、(3)埋蔵量データの裏付けが取れない非開示案件である。
本サイトの思想との接続
NAVは「観測事実(埋蔵量・操業実績)×推定(長期価格)×仮定(割引率)」の層分けが最も明快に現れる。簡易版はcross_check、詳細finite_resource_fcffは全門番通過時のみprimaryである。今日のNAVとyear10残存価値を同じ時点の数字として平均せず、価格感度と有限寿命を条件付きレンジで示す。
変数辞書
| 変数 | 意味 |
|---|---|
| NAV | Net Asset Value。埋蔵量ベースの有限キャッシュフロー現在価値から負債等を控除した資産価値 |
| R | 年産量。累積が埋蔵量を超えてはならない |
| P | 長期実質価格。スポットではなく平均回帰を織り込んだ前提 |
| c | 採掘・選鉱・輸送までの単位費用 |
| T | 鉱山寿命。埋蔵量÷年産量で決まる有限期間 |
| AF | 年金現価係数 (1−(1+r)^−T)/r |
推定方法
価格はコンセンサス長期価格・先物カーブ平均・過去10年実質平均のいずれかを選び出所を明示する。単位費用は直近実績にインフレ見通しを足す。割引率は資源国リスクを含め12%前後が慣行域だが、設定根拠を必ずメモする。
数値例
埋蔵量100万トン・年産10万トン(寿命10年)。価格15万円/トン−単位費用9万円/トン=粗利6万円/トン→年間粗利6億円、管理費・維持Capex計1億円引いて正味CF5億円/年。r=12%の年金現価係数5.6502→PV=28.25億円。NAV = 28.25 − 正味負債4 + 探査区画2 = 26.25億円。
反例
同じCFにg=2%でTV = 5/(0.12−0.02) = 50億円を足すとNAVは約76.25億円となり約2.9倍の水増し。埋蔵量は10年で尽きるのだから50億円は実体のない価値である。
利点/欠点
- 利点: 価値が埋蔵量・品位・コストという物理量に紐づき仮定の監査が容易
- 利点: 寿命が有限なので予測期間が短く不確実性の蓄積が小さい
- 利点: 先物カーブやコンセンサス長期価格という外部基準と突き合わせられる
- 欠点: 価格前提への感度が極端に大きく、±10%でNAVが±30%前後動く
- 欠点: 探査成功・権益更新などのオプション価値を静的積算が捉えきれない
- 欠点: カントリーリスクや税制変更を割引率へ押し付けがちで恣意が入りやすい
適用条件・非適用条件
適用できる場面: 採掘寿命が定義できる操業中の鉱山・油田・LNG事業。資源子会社や資源権益を持つ商社・電力の一部門評価。
適用できない場面: 発見確率が支配的な探査段階の権益。生産量を設備と経営判断で決める精錬・加工事業。埋蔵量データの裏付けが取れない案件。
本サイト入力との対応
簡易版はcross_check。詳細版はyear10時点の残存埋蔵量から有限FCFFを評価し、signed閉山・回収額を一度反映する。寿命が10年未満で清算・分配・後継契約・再投資経路がなければnot_computable。永久Exit倍率は禁止。 AI Protocol 1.10.0(更新日 2026-08-30): sector_id=resources_energy、strategy=capitalized_income、theory_status=conditional、simple_role=cross_check、detailed_role=primary_if_all_gates_pass、primary_value_eligible=全門番・拒否条件・consistency_checks・単位・時点・希薄化検査の通過後だけtrue。 詳細式: resource_FCFF_t = production_t × unit_EBITDA_t × (1−cash_tax_and_NWC_pct) − development_and_maintenance_CAPEX; value10 = Σ[t=11..reserve_expiry] resource_FCFF_t/(1+WACC)^(t−10) + signed_closure_value/(1+WACC)^(expiry−10) − net_debt10 式の門番: 埋蔵量・満了時残存価値/閉山債務を明示。永久Exit倍率は禁止。満了が10年より前で清算・分配・再投資経路がなければ算定停止 適用門番: 埋蔵量は有限で、残存期間外の生産を仮定していませんか?(期待回答=はい、理由=有限資源に永久価値を置かない) / 残存CF割引率と閉山・残存価値を設定しましたか?(期待回答=はい、理由=残存期間のCFをExit倍率で永久化しない) / EBITDAから現金税・運転資本投資・開発維持CAPEXを控除しましたか?(期待回答=はい、理由=WACCで割り引く対象をFCFFへ揃える) / 単位EBITDAは価格サイクルの中位に正常化されていますか?(期待回答=はい、理由=ピーク価格の固定化は過大評価) / 為替・輸送費を含む実効単価ですか?(期待回答=はい、理由=円建て一貫性のため) 拒否条件: 有限コンセッションや有限資源へ無条件の永久価値を置かない / 未採掘埋蔵量を時価で二重計上しない 出力: value_at=year10、basis=total、unit=億円。現在価値への橋渡し=today_theoretical_value = applicable_year10_value ÷ (1 + present_value_discount_rate)^10 + applicable_interim_distribution_PV。1株換算できる場合はbasis=per_share、総額のままならbasis=total_equity。年次配当・分配を0とする場合は過小評価警告。現在の理論価値と10年後価値は別欄・別キーで返す。全門番、拒否条件、モデル固有consistency_checks、単位・時点・希薄化検査を通過した詳細版だけ 整合検査: 埋蔵量の有限年数と満了時残存価値/閉山債務(該当なしも0)を明示 / EBITDAから現金税・運転資本・CAPEXを控除したFCFFをWACCで有限割引し、永久Exit倍率を使わない / 10年より前に枯渇し、満了後の清算・分配・再投資経路が未入力なら10年後価値を作らない
精度の読み方
価格±10%でNAVが約±30%動く例から、NAVは「26.25億円」ではなく「18〜35億円(価格前提に依存)」のように帯で読む。小数点以下の桁は意味を持たない。
よくある誤り
- スポット価格を長期前提に直用し、山と谷でNAVが激変させられる
- inferred(推定資源量)にprovenと同じ価格・費用前提を置く
- 初期投資・ロイヤルティ・資源税・為替のいずれかを脱落させる
技術付録
年金現価係数は (1−(1+r)^−T)/r。T=10、r=12%では 1.12^10=3.10585、逆数0.32197、係数5.6502。寿命が長くなるほど係数はrの逆数に漸近するが、それでも有限である点は変わらない。永久成長を入れた瞬間、モデルは「埋蔵量無限」の世界に切り替わることを意識したい。
一次資料
- Ian C. Runge, Mining Economics and Strategy, SME, 1998
- A. Damodaran, Investment Valuation, 3rd ed., Wiley, 2012
- Koller, Goedhart, Wessels, Valuation: Measuring and Managing the Value of Companies, 7th ed., Wiley, 2020
章末要約
- 資源NAVは埋蔵量で寿命が決まる有限モデルであり、継続価値を置かない
- 永久化すると埋蔵量を超える生産を織り込む矛盾で価値が大幅過大になる(例: 約2.9倍)
- 価格前提±10%でNAVは約±30%動く。前提を外部基準に固定し帯で読む
理解度クイズ
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