レベル: 実践 / 読了目安: 約30分 / 前提知識: Gordon成長モデル(第3章相当)、CAGR計算。不等式と符号変化の初歩。
学習目標
- ゴordon成長モデルの閉形式逆算で市場織込み成長率g*を求められる
- 閉形式で解けないDCFを二分法で逆算する手順を実行できる
- 配当再投資込みのTSR=価格CAGR+配当効果で投資成果を測れる
理論の起源
A. Rappaport, M. J. Mauboussin, Expectations Investing, Harvard Business School Press, 2001。「株価から期待を逆算する」手法を体系化した原著。A. Rappaport, Creating Shareholder Value, Free Press, 1998 もTSR概念の源流である。
本文
逆算(expectations investing)の考え方
順方向のDCFが「仮定から価値を計算する」のに対し、逆算は「現在の株価から、市場が織り込んでいる仮定を取り出す」手法である。RappaportとMauboussinが『Expectations Investing』で体系化したもので、「理論価値は仮定の関数」という本サイトの思想に直結する。株価は与件、仮定が未知数である。
最も簡単なのがGordon成長モデルの逆算である。V = D1/(r−g) において V=現在株価、D1=来期配当予想、r=要求リターンを既知とすれば、市場織込み成長率は
g* = r − D1/V
と閉形式で解ける。
数値例。D1=50円、r=8%、株価1,000円なら g* = 0.08 − 50/1000 = 0.08 − 0.05 = 0.03、つまり市場は永続成長3%を織り込んでいる。自分の予想が4%なら割安、2%なら割高という判断になる。順方向モデルで「株価いくらか」を問うより、「株価を正当化するgは何%か」を問うほうが予測責任が明確になる。
逆算でもGordon安全域は同じである。D1>0、V>0、rが有限であることを確認し、暗示スプレッド r−g*=D1/V が25bp未満なら構造的に不安定なため status=not_computable、25〜100bp未満なら高感度警告とする。逆算できたことは前提が妥当であることを意味しない。極端なg*が出たときは、配当が定常状態を表していない、またはGordonモデル自体が不適切という反証である。
二分法による逆算
閉形式で解けない多期間DCFでは、二分法(bisection method)で逆算する。手順は次の通り。
1. 未知の仮定(例: 永続成長率g)について探索区間[a, b]を設定する(例: 0%〜5%)。
2. 区間中央でモデル価値V(m)を計算する。
3. V(m)<株価なら解は上半分、V(m)>株価なら下半分へ区間を絞る。
4. 区間幅が十分小さくなるまで2〜3を繰り返す。
原理は単純である。V(g)はgの単調増加関数だから、V−P の符号が変わる点を挟み撃ちにすればよい。
数値例。D1=50円、r=8%、P=1,200円のときのg*を求める。f(g) = 50/(0.08−g) − 1200 と置く。f(0%) = 625−1200 = −575 < 0、f(4%) = 2500−1200 = +1300 > 0。符号が変わるので解は[0%,4%]。中央2%では f(2%) = 833−1200 = −367 < 0 → [2%,4%]。中央3%では f(3%) = 1000−1200 = −200 < 0 → [3%,4%]。中央3.5%では f(3.5%) ≈ 1111−1200 = −89 < 0 → [3.5%,4%]。さらに進めると真の解 g* = 0.08 − 50/1200 = 0.08 − 0.04167 ≈ 3.83% に収束する。各ステップで区間が半減するため収束は極めて速い。
配当込みTSR
投資成果は価格CAGRだけではなく配当を含めて測る。配当を都度再投資する場合、
TSR = 価格CAGR + 配当再投資効果
であり、近似式は TSR ≒ 価格CAGR + 配当利回り、正確には (1+価格CAGR)(1+配当利回り) − 1 で与えられる。
数値例。10年間で株価が1,000円→1,480円(CAGR4%)、平均配当利回り3%だったとする。近似TSRは7%。正確な計算は 1.04 × 1.03 − 1 = 0.0712、つまり年率7.12%である。複数年の厳密計算なら、配当再投資込み指数(総利回り指数)の初値と終値から直接CAGRを取るのが最も誤差がない。
検算として、1,000円で10株買う場合を考える。1年後配当300円(利回り3%)を同価格で再投資すれば保有は10.3株相当となり、翌年の配当基盤が3%膨らむ。この複利効果が (1+p)(1+d) − 1 の交互作用項 pd = 0.0012(0.12%)の由来である。
反例・失敗パターン
第一の失敗は、逆算で出したg*を「自分の予想」と取り違えること。g*は市場が織り込む値であり、自分の予想との差を見て初めて判断になる。第二はrの選択を変えずにg*だけ議論すること(rとg*は一体で動く)。第三は特別配当や自社株買いを除いた価格CAGRだけでTSRを近似すること。第四は二分法で符号変化しない区間を設定したまま気づかないこと(V(g)が単調でないモデルもある)。
メリットとデメリット
メリットは、予測の焦点が「株価いくらか」から「仮定の差分いくらか」へ移り議論が検証可能になること、決算ごとに織り込み済み仮定を更新できること、複数銘柄の期待を同一物差しで比較できることである。デメリットは、rの推定誤差がg*に直接転嫁されること、単一のg*への圧縮でモデル構造情報が落ちること、市場価格を「合理的」と見なす誤解を招きやすいことである(実際は織り込み抽出であって是認ではない)。
適用条件・非適用条件
適するは配当を払い構造が安定した成熟企業、および明示的なCFモデルが組める継続事業。非適用は無配当成長株(g*が不安定)、清算・転換の可能性がある企業(単一成長率では記述不能)。
本サイトの思想との接続
逆算は「価値は仮定の関数」という命題を逆関数として使う営みである。g*が出たら最後に必ず問う——「このg*は観測事実から遠いか。私の予想と市場織込みの差は、どの証拠が動かせば埋まるのか」。この問いに答えられないとき、判断は保留する。
変数辞書
| 変数 | 意味 |
|---|---|
| g* | 市場が織り込む成長率(逆算のアウトプット) |
| D1 | 来期1株あたり配当予想 |
| r | 要求リターン |
| V(g) | 成長率gを入れたときのモデル価値 |
| f(g) | V(g) − 株価。二分法の符号判定に使う |
| TSR | 配当再投資込みの総リターン |
推定方法
rはCAPMまたは業界平均要求リターンを使い、感度として±1ポイントも併記する。D1は会社ガイダンスと過去実績から。二分法の初期区間は歴史分布(日本企業の永続成長は概ね−1〜+3%)から設定する。
数値例
閉形式: g* = r − D1/V。D1=50,r=8%,P=1,000 → g*=3%。二分法: P=1,200なら f(0%)<0<f(4%)、区間半減を繰り返し g*≈3.83%。TSR: 1.04×1.03−1 = 7.12%(近似7.0%)。
反例
g*=3.8%という逆算結果を見て「市場は3.8%成長を期待している、私も3.8%と予想するので妥当」と結ぶ使い方。織り込みの抽出と予想の同一視であり、判断ではなく確認バイアスである。自分の予想が3%なら株価は割高という意味になる。
利点/欠点
- 利点: 焦点が「株価」から「仮定の差分」へ移り議論が検証可能になる
- 利点: 決算ごとに織り込み仮定を更新できる
- 利点: 銘柄横断で期待を同一物差し比較できる
- 欠点: rの推定誤差がそのままg*に転嫁される
- 欠点: 単一のg*に圧縮されモデル構造情報が落ちる
- 欠点: 市場合理性の誤解を招きやすい
適用条件・非適用条件
適用できる場面: 配当を払う成熟企業、明示的なFCFモデルが組める継続事業、指数全体の期待リターン分析。
適用できない場面: 無配当成長株、清算・転換候補の企業、CFの符号が不安定なサイクル底の企業。
本サイト入力との対応
逆算GordonはD1>0・V>0を要求し、暗示スプレッドr−g*=D1/Vが25bp未満ならnot_computable、25〜100bp未満なら高感度警告。二分法もr−gの安全域内で符号変化を確認する。
精度の読み方
rが0.5ポイント動けばg*も同じだけ動く。g*は小数第一位まで、それ以上は意味がないと心得る。TSRは整数桁までで十分であり、7.12%と7.00%の差はノイズ以下である。
よくある誤り
- 逆算結果g*を自分の予想と同一視して判断を終える
- rを固定したままg*だけを議論する
- 二分法の初期区間に解が含まれないまま収束と勘違いする
技術付録
二分法は必ず収束するが遅い場合がある。ニュートン法やsecant法は速いが導関数が必要。実務では表計算のソルバー(目標値探索)が二分法の実装になっている。またTSRの厳密値は配当落ち日ベースの再投資で変わるため、報告時には基準日を明記する。
一次資料
- A. Rappaport, M. J. Mauboussin, Expectations Investing, Harvard Business School Press, 2001
- A. Rappaport, Creating Shareholder Value, Free Press, 1998
章末要約
- 逆算は株価を与件とし市場織込み仮定g*を取り出す(r − D1/V)
- 閉形式がなければ二分法。符号変化区間を半減させながら狭める
- TSR=(1+価格CAGR)(1+配当利回り)−1。例: 4%×3%で7.12%
理解度クイズ
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