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初心者向け・理論株価の教科書

たとえ話と具体例で、現在の理論株価・10年後の価値・業種別モデルの考え方を学ぶ。

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II · 基本モデル

第16章 残余利益とP/B

読了の目安 約6分

PART IIの最終章では、これまで扱ってきたDCF系のアプローチとは、また少し異なる角度から企業価値を捉える、「残余利益モデル(Residual Income Model)」と、それに関連する指標であるP/B(株価純資産倍率)について扱う。この手法は、特に「会計上の純資産(自己資本)」という、これまであまり主役として扱ってこなかった数字に、あらためて光を当て直す、興味深いアプローチである。

残余利益とは何か:「資本コストを超えた、真の付加価値」

残余利益(Residual Income)という概念の根底にある発想は、極めてシンプルかつ強力だ。「企業が生み出した利益のうち、株主が最低限期待するリターン(株主資本コスト)を上回った“超過分”こそが、企業が真に生み出した“付加価値”である」という考え方だ。

数式で表現すると、次のようになる。

残余利益 = 当期純利益 − (株主資本コスト × 期首の自己資本)

この式の後半部分、「株主資本コスト×期首の自己資本」は、「株主が、その自己資本の額に対して、最低限期待するリターンの金額」を表している。もし当期純利益が、この最低限期待されるリターンの金額をちょうど満たすだけであれば、残余利益はゼロになる。これは「企業は、株主の期待にちょうど応えただけで、それ以上でもそれ以下でもない」という状態を意味する。もし当期純利益がこの水準を上回れば、残余利益はプラスとなり、企業は株主の期待を上回る、真の価値創造を成し遂げたことになる。逆に下回れば、残余利益はマイナスとなり、たとえ会計上は黒字(利益がプラス)であったとしても、経済的には株主の期待に応えられていない、実質的な価値破壊が起きていたことになる。

この視点は、第15章で扱ったROICとWACCの比較と、実は本質的に同じ思想を共有している。「単に利益が出ているかどうか」ではなく、「資本コストを上回る利益が出ているかどうか」こそが、真に問われるべき問いなのだ、という思想が、形を変えて、この章でも繰り返されている。

残余利益モデル:自己資本の帳簿価格に、将来の超過利益を積み上げる

残余利益モデルは、この「残余利益」の概念を使って、株主価値を次のように計算する。

株主価値 = 現在の自己資本(簿価) + 将来の残余利益を、株主資本コストで現在価値に割り引いた合計

このモデルの興味深い点は、出発点として「現在の自己資本の帳簿価格(貸借対照表に記載されている、純資産の金額、第03章参照)」を使うことだ。これは、DCFモデルが「将来のキャッシュフローの現在価値の積み上げ」だけで企業価値を構築していたのとは対照的に、「既に会計上、積み上がっている資産の価値」を土台とし、そこに「将来、資本コストを上回る超過利益をどれだけ生み出せるか」という、追加的な価値創造分だけを上乗せしていく、という発想の違いがある。

この特徴により、残余利益モデルは、DCFモデルと比べて、遠い将来の予測(特にターミナルバリュー)に依存する度合いが、相対的に低くなる傾向がある。なぜなら、企業価値のかなりの部分が、既に確定している「観測事実」である現在の自己資本の帳簿価格によって、あらかじめ担保されているからだ。この性質は、第09章で強調した「観測事実・推定・仮定を分ける」という作法の観点からも、興味深い特徴だと言える。

P/B(株価純資産倍率)とROEの関係

この章のもう一つのテーマ、P/B(Price to Book ratio、株価純資産倍率)は、株価を1株あたりの自己資本(簿価)で割った、比較的シンプルな指標だ。

P/B = 株価 ÷ 1株あたり自己資本(簿価)

このP/Bという指標もまた、実はPER(第10章)と同様に、その奥に「収益性」を織り込んだ、圧縮された表現になっている。理論的には、P/Bは、ROE(自己資本利益率、当期純利益÷自己資本)と、株主資本コスト、そして成長率との関係によって、次のような、ゴードン成長モデルに類似した近似的な関係式で説明できることが知られている。

理論P/B ≒ (ROE − 永続成長率g) ÷ (株主資本コスト − 永続成長率g)

この式が意味するところは、極めて示唆に富んでいる。もし、ある企業のROEが、株主資本コストとちょうど一致しているなら(つまり、株主の期待にちょうど応えているだけの状態なら)、理論P/Bはちょうど1倍になる。これは、「自己資本の帳簿価格と、市場が評価する株主価値が、ちょうど一致する」ということを意味する。

そして、もしROEが株主資本コストを上回っていれば(残余利益がプラスの状態)、理論P/Bは1倍を上回るべきだ、という結論になる。逆にROEが株主資本コストを下回っていれば(残余利益がマイナスの状態)、理論P/Bは1倍を下回るべきだ、ということになる。

「P/Bが1倍割れ=割安」という単純化の危険性

日本の株式市場では、長らく「PBR1倍割れ」の企業が数多く存在することが、しばしば話題になってきた。ここで、この章で学んだ理論的な関係式を踏まえて、極めて重要な視点を提示しておきたい。「P/Bが1倍を割れているから、単純に割安だ」と機械的に判断するのは、第10章でPERについて警告したのと全く同じ理由で、危険な単純化である。

理論的には、P/Bが1倍を下回っているという事実は、「市場が、その企業のROEが将来にわたって株主資本コストを下回り続ける(つまり、残余利益がマイナスであり続ける)と予想している」ということを、暗に織り込んだ結果である可能性がある。この場合、P/Bが1倍を割れているのは、市場の見立てが合理的である限り、「正当な評価」であるとも言える。

もちろん、市場の見立てが常に正しいとは限らず、実際には経営改善余地があるにもかかわらず、市場がそれを見誤ってP/Bを過度に低く評価している、という「真の割安」なケースも存在しうる(こうした状況の是正は、近年、コーポレートガバナンス改革の文脈でも、大きなテーマとなっている)。しかし、それを見極めるためには、単にP/Bという表面上の数字だけを見るのではなく、この章で学んだ「ROEと株主資本コストの関係」にまで踏み込んで、その企業のROEが、なぜ、そしてどうすれば、株主資本コストを上回る水準まで改善しうるのか、という、より深い経営分析にまで踏み込む必要がある。

PART IIの総括:多角的な物差しを手に入れる

これで、PART IIの七つの章——PER、簡易評価、DDMとゴードン成長モデル、FCFF DCF、FCFE DCF、ターミナルバリューとROIC、そして残余利益とP/B——を通じて、君は理論株価評価のための、複数の異なる角度からの「物差し」を、一通り手に入れたことになる。

重要なのは、これらの手法は、決して互いに矛盾する、別々の「流派」ではない、ということだ。PERの奥にはゴードン成長モデルの構造が眠っており、DDMはFCFEの特殊ケースであり、FCFF DCFとFCFE DCFは理論上同じ結論に収束し、ROICとWACCの関係は、残余利益モデルにおけるROEと株主資本コストの関係と、本質的に同じ思想を共有している。これらすべての手法の根底には、PART Iで学んだ「未来のキャッシュフローを、適切な割引率で、現在価値に翻訳する」という、たった一つの根本原理が、一貫して流れ続けている。

次のPART III「会社と業種に照らし合わせる」では、こうした一般理論を、実在する多種多様な業種・企業の個性に、どう当てはめ、どう調整していくべきか、という、より実践的で、より現場感覚に富んだテーマに進んでいくことになる。理論という骨格に、ようやく、それぞれの企業固有の「肉付け」を施していく段階に、私たちはたどり着いたのだ。

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全47章 + 最終章・用語リスト

01
I · 価値評価の土台

理論価値は未来予知ではない

02
I · 価値評価の土台

CAGR、複利、現在価値

03
I · 価値評価の土台

貸借対照表と純有利子負債

04
I · 価値評価の土台

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05
I · 価値評価の土台

1株価値と希薄化

06
I · 価値評価の土台

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07
I · 価値評価の土台

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08
I · 価値評価の土台

正常化とドライバー予測

09
I · 価値評価の土台

観測事実・推定・仮定を分ける

10
II · 基本モデル

PERの理論と正しい使い方

11
II · 基本モデル

上場黒字企業の簡易評価

12
II · 基本モデル

Gordon成長モデルとDDM

13
II · 基本モデル

10年FCFF DCFを組み立てる

14
II · 基本モデル

FCFE DCF

15
II · 基本モデル

ターミナル価値とROIC

16
II · 基本モデル

残余利益とP/B

17
III · 企業と業種

上場赤字企業の黒字化モデル

18
III · 企業と業種

非上場企業の株主価値

19
III · 企業と業種

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20
III · 企業と業種

会社に式を合わせる

21
III · 企業と業種

銀行をP/TBVと残余利益で評価する

22
III · 企業と業種

保険会社の価値評価

23
III · 企業と業種

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24
III · 企業と業種

不動産賃貸会社の価値評価

25
III · 資源・バイオ・公益など

資源NAV

26
III · 資源・バイオ・公益など

バイオrNPV

27
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電力・ガス会社の価値評価

28
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29
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30
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31
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コングロマリットの部門別評価

32
III · 資源・バイオ・公益など

証券会社の価値評価

33
III · 運用・航空・海運など

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34
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35
III · 運用・航空・海運など

海運会社の価値評価

36
III · 運用・航空・海運など

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37
III · 運用・航空・海運など

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38
III · 運用・航空・海運など

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39
III · インフラ・建設・SaaSなど

インフラ運営会社の価値評価

40
III · インフラ・建設・SaaSなど

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41
III · インフラ・建設・SaaSなど

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42
III · インフラ・建設・SaaSなど

SaaS・サブスクリプションの価値評価

43
III · インフラ・建設・SaaSなど

22業種モデル横断演習

44
IV · 実践と検証

指数・ETF・アクティブ運用

45
IV · 実践と検証

逆算と配当込みTSR

46
IV · 実践と検証

感度分析とモンテカルロ

47
IV · 実践と検証

モデル監査と投資メモ

終
最終章

最終章

語
用語リスト

用語リスト

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