第27章 電力・ガス会社の価値評価
読了の目安 約3分この章からは、いわゆる「インフラ企業」——電力・ガス、そして次章で扱う、より広い意味での「規制公益企業」——の評価を扱う。これらの業種は、社会インフラという公共性の高い事業を営んでいるがゆえに、政府による規制が、事業のあらゆる側面(料金設定、投資計画、収益水準など)に深く関わってくる、極めて特殊な業種である。
電力・ガス事業のビジネスモデルの本質:巨大な固定資産と、規制された収益
電力・ガス会社(特に、発電から送配電・小売までを一体的に手掛ける、伝統的な垂直統合型の電力会社)のビジネスモデルの本質は、「発電所、送電線、変電所、ガス導管といった、極めて巨額かつ長期にわたって使用される固定資産(第03章で学んだ有形固定資産の、最も大規模な形態の一つ)に、莫大な投資を行い、その資産を通じて、長期にわたり安定的な収益を得る」という点にある。
この「巨額の固定資産投資」と「長期にわたる安定収益」という組み合わせは、この教科書のここまでの議論と照らし合わせると、いくつかの重要な特徴を持っていることが分かる。まず、事業の性質上、ベータ(第07章参照)は、一般に比較的低い水準にとどまる傾向がある。電力・ガスは、景気の良し悪しにかかわらず、一定の需要が見込まれる「生活必需インフラ」であるためだ。この低いベータは、株主資本コストを相対的に低く抑える要因となり、第10章・第12章で学んだ通り、この低い割引率は、相応に高いPERやP/Bを正当化する構造につながりうる。
規制料金制度という、電力・ガス評価における最大の特殊要因
しかし、電力・ガス会社の評価において、他のいかなる業種にも見られない、最大の特殊要因が、「規制料金制度」の存在である。多くの国において、電力・ガスの送配電事業(発電所からの電気や、ガス田からのガスを、各家庭・企業まで届けるための、インフラ設備を運営する事業)は、地域独占が認められている代わりに、その料金水準や、許容される利益率が、政府や規制当局によって、厳格に規制されている。
この規制の仕組みの多くは、「レートベース(規制対象となる資産の評価額、おおむね固定資産への累積投資額に相当する)に対して、あらかじめ定められた、一定の許容利益率(規制報酬率)を掛け合わせた金額を、その事業者が得られる収益として認める」という、いわゆる「レートベース方式」あるいは「総括原価方式」と呼ばれる考え方に基づいている。
規制報酬率という、実質的な「株主資本コストの代理変数」
ここで、極めて興味深く、そして実務上、決定的に重要な洞察が浮かび上がる。この「規制報酬率」という数字は、実質的に、規制当局が、その事業者にとっての「妥当な資本コスト(第07章で学んだWACCに相当する概念)」を、公式に認定した水準だと解釈することができる。多くの規制当局は、この規制報酬率を設定する際に、まさに第07章で学んだCAPMのような手法を用いて、その事業のリスク水準に見合った、妥当な資本コストを算定している。
このことが意味するのは、規制対象の電力・ガス送配電事業については、理論上、その企業のROE(自己資本利益率)が、規制報酬率(≒株主資本コスト)と、ほぼ一致する水準に収斂していくよう、制度的に設計されている、ということだ。第16章で学んだ残余利益モデルの発想を思い出してほしい。ROEが株主資本コストとちょうど一致する状態というのは、理論P/Bがちょうど1倍になる状態を意味していた。実際、規制の効いた電力・ガス送配電事業のP/Bは、多くの場合、この1倍前後の水準に収斂する傾向が、実証的にも観察されている。
規制の変更リスクという、電力・ガス評価特有の論点
この規制料金制度という仕組みは、電力・ガス会社の収益に、相応の安定性をもたらす一方で、「規制そのものが将来、変更されるリスク」という、この業種に特有の、重要なリスク要因を生み出してもいる。規制報酬率の引き下げ、託送料金体系の見直し、再生可能エネルギーの普及に伴う事業構造の変化(発電部門における競争の激化や、送配電網への新たな投資負担の増加など)といった、規制環境の変化は、電力・ガス会社の将来収益に、直接的かつ構造的な影響を及ぼしうる。電力・ガス会社を評価する際には、こうした規制動向の見通しを、丁寧に注視し続けることが、他の業種以上に、決定的に重要な作業となる。