第4章 利益、営業CF、FCFを分ける
読了の目安 約6分この章は、初心者が理論株価評価を学ぶ過程で、最も頭を抱え、そして最も強烈な「あ、そういうことか」という電流が走る、まさにこの教科書の一つ目のクライマックスと言っていい。「利益」という、誰もが知っているはずの言葉。しかしこの「利益」こそが、実は理論株価評価においては主役ではないという衝撃の事実から、この章は幕を開ける。
利益は「意見」であり、現金は「事実」である
会計の世界には、古くから語り継がれる有名な格言がある。「利益は意見であり、キャッシュ(現金)は事実である("Profit is an opinion, cash is a fact")」。この言葉が意味するところを、じっくり噛み砕いていこう。
企業の損益計算書(P/L)に載っている「当期純利益」や「営業利益」といった数字は、実は会計上のさまざまなルールや見積もりの積み重ねによって作られた、いわば「計算の産物」である。例えば、工場の機械を購入したとき、その代金を一括で費用計上するのではなく、「減価償却」という手法を使って、その機械の「耐用年数(例えば10年)」にわたって少しずつ費用として計上していく。この「耐用年数を何年に設定するか」という判断一つで、各年の利益は変わってくる。また、将来発生するかもしれない貸し倒れ(取引先の倒産などで代金が回収できなくなるリスク)に備えて「引当金」を計上することもあるが、この金額も、経営陣や会計士の「見積もり」に基づいている。
つまり、利益という数字には、大なり小なり「見積もり」や「会計上の選択」が混ざり込んでおり、同じ実態の会社でも、会計処理の選び方次第で利益の数字は変動しうる。これが「利益は意見である」という言葉の意味だ。もちろん、これは会計士が不正をしているという意味では全くない。会計基準というルールの範囲内で、合理的な見積もりに基づいて計算されているのだが、それでも「唯一絶対に確定した、動かしようのない数字」ではない、ということだ。
一方、「現金」はどうか。会社の銀行口座に、実際に入ってきたお金、出ていったお金。これは見積もりでも意見でもない、動かしようのない「事実」である。1億円が口座に振り込まれたか、されていないか。これに解釈の余地はない。理論株価評価が最終的に「現金」の動きを重視するのは、この「事実としての確実性」があるからだ。
営業キャッシュフロー(営業CF)という「本業の現金製造能力」
ここで、キャッシュフロー計算書という、貸借対照表・損益計算書と並ぶ「財務三表」の最後の一角に登場してもらおう。キャッシュフロー計算書は、その名の通り、「現金(キャッシュ)の流れ(フロー)」を記録した表であり、大きく三つの区分に分かれる。「営業活動によるキャッシュフロー」「投資活動によるキャッシュフロー」「財務活動によるキャッシュフロー」だ。
この中で理論株価評価において最も重要なのが、「営業活動によるキャッシュフロー」、略して「営業CF」である。これは、その企業が「本業」を通じて、実際にどれだけの現金を稼ぎ出したかを示す数字だ。当期純利益からスタートし、そこに減価償却費(実際には現金が出ていっていないのに費用計上されている部分)を足し戻し、さらに在庫や売掛金・買掛金といった「運転資本」の増減を調整することで算出される。
なぜこうした調整が必要なのか。減価償却費を例に取ろう。前節で触れた通り、機械の購入代金は、購入した年に一括で現金が出ていくが、費用としては複数年にわたって少しずつ計上される。つまり、利益を計算する上では「今年の費用」として差し引かれているのに、実際には「今年、現金は出ていっていない」というズレが生じる。このズレを埋め合わせるため、利益に減価償却費を足し戻すことで、「実際の現金の動き」に近づけていくのが、営業CFの計算の基本的な考え方である。
営業CFは、いわば「その会社の本業が、どれだけ現金を製造する力を持っているか」を示す、企業の「エンジンの馬力」のような指標だ。
フリーキャッシュフロー(FCF)という「本当に自由に使えるお金」
そして、いよいよこの章の主役、フリーキャッシュフロー(FCF)の登場である。営業CFが「本業が稼いだ現金」だとすれば、FCFは「その稼いだ現金のうち、事業の維持・成長のために必要な投資を差し引いた後、株主や債権者に自由に還元できる(あるいは新たな投資に回せる)、正真正銘の“余剰”現金」を指す。
なぜこの「差し引き」が必要なのか。考えてみてほしい。ある会社が営業CFで100億円を稼いだとしても、その会社が工場の設備を維持・更新するために毎年80億円の投資(これを設備投資、英語でCapExと呼ぶ)を続けなければ事業を維持できないとしたら、実質的に「自由に使えるお金」は20億円しかない。この設備投資こそが、キャッシュフロー計算書の「投資活動によるキャッシュフロー」の中に含まれる、極めて重要な項目である。
FCFの計算式は、シンプルに書けばこうなる。
FCF = 営業CF − 設備投資(CapEx)
このFCFこそが、理論株価評価という壮大な計算の、まさに「主食」である。第02章で学んだ現在価値の考え方を思い出してほしい。企業の理論的な価値とは、「将来生み出すお金を、現在価値に翻訳して足し合わせたもの」だった。この「将来生み出すお金」の正体こそが、まさにこのFCFなのだ。利益ではない。営業CFですらない。設備投資まで差し引いた後の、正真正銘、株主と債権者に分配可能な、この上なく「自由」なキャッシュこそが、企業価値の源泉なのである。
なぜ「利益」ではダメなのか、具体例で腹落ちさせる
抽象的な説明だけでは腹落ちしにくいと思うので、極端な例え話をしよう。ある会社Aと会社Bが、どちらも「当期純利益100億円」だったとする。表面上は全く同じ収益力に見える。しかし、会社Aは、既に設備が整った成熟産業(例えば老舗の食品メーカー)で、毎年の設備投資は10億円程度で済むとする。一方、会社Bは急成長中の半導体メーカーで、最新鋭の工場を維持するために毎年90億円もの設備投資が必要だとする。
この二つの会社を「利益100億円」という数字だけで同列に評価してしまうと、致命的な見誤りが生じる。会社AのFCFはおよそ90億円(100億円−10億円)であるのに対し、会社BのFCFはわずか10億円(100億円−90億円)しかない。株主に還元できる、あるいは借金返済に回せる「自由なお金」という観点で見れば、両社の実力には天と地ほどの差があるのだ。利益という表面上の数字だけを見て「同じ収益力の会社だ」と判断してしまうのは、理論株価評価における最も初歩的で、かつ最も致命的な間違いの一つである。
この章のまとめ:三段階のピラミッド
利益、営業CF、FCFの関係を、最後にピラミッド構造として整理しておこう。
一番上の階層に「当期純利益」がある。これは会計上の見積もりを多分に含んだ、いわば「意見」としての収益力の指標だ。
二段目に「営業CF」がある。これは利益から、減価償却費のような「現金の動きを伴わない項目」を調整し、実際の現金の動きに近づけたものだ。本業がどれだけ現金を製造できるかという、企業のエンジンの馬力を表す。
三段目、そして理論株価評価における真の主役が「FCF」だ。営業CFから、事業の維持・成長に不可欠な設備投資を差し引くことで、株主と債権者に分配可能な、正真正銘の余剰現金が姿を現す。
この三段階の違いを腹の底から理解できたなら、君はもう「利益が伸びているから株価も上がるはずだ」という、多くの初心者(そして残念ながら一部のプロですら)が陥る単純化した罠から、完全に自由になっている。次章では、この「会社全体のFCF」を、いよいよ「1株あたり」という、私たち個人投資家にとって最も身近な単位に変換していく作業——1株価値と希薄化——に進んでいこう。