第35章 海運会社の価値評価
読了の目安 約2分航空会社と同様、海運会社もまた、巨額の資本投下と、景気循環・商品市況への高い感応度を特徴とする業種である。この章では、海運業界に固有の評価上の視点を扱う。
海運業界の構造:船腹需給という、極めてシンプルな価格決定メカニズム
海運業界(特に、原油タンカーやばら積み船といった、コモディティを輸送する不定期船分野)の運賃(用船料)は、基本的に「輸送需要」と「船腹供給(利用可能な船舶の総トン数)」のバランスによって、市場で決定される。この構造は、経済学で学ぶ、極めてシンプルな需給均衡モデルに近い形で理解することができる。
輸送需要が旺盛な局面(世界的な資源・穀物需要の拡大期など)では、運賃は上昇する。一方、船腹供給が過剰な局面(過去の好況期に、多くの海運会社が新造船を大量に発注し、それが一斉に竣工してくるタイミングなど)では、運賃は下落しやすい。この「船腹の供給」は、新造船の発注から竣工までに、数年単位のタイムラグを要するため、需要の変化に対して、供給側の調整が遅れがちであり、これが海運市況の変動を、しばしば極端なものにする一因となっている。
海運会社の評価における、船隊構成というドライバー
海運会社のドライバー予測(第08章)においては、その会社が保有・用船している「船隊(フリート)」の構成——船種(タンカー、ばら積み船、コンテナ船など)、船齢、積載能力(載貨重量トンなど)——を、丁寧に把握することが出発点となる。将来の収益は、この船隊が、それぞれの市況(用船料水準)のもとで、どれだけの稼働率で運航されるかによって決まる。
海運会社の評価においても、第25章の資源会社や、第34章の航空会社と同様、「単一の市況シナリオ」ではなく、「複数の市況シナリオ(強気、標準、弱気)」を並行して構築し、理論株価のレンジとして提示するアプローチが、極めて有効である。
海運会社特有の会計論点:長期契約と、スポット契約の混在
海運会社の収益構造を評価する際には、その会社が、市況の変動をそのまま反映する「スポット契約(短期の運送契約)」に主に依存しているのか、それとも、荷主との間で、数年単位の「長期契約(定期用船契約)」を結び、市況変動の影響をある程度平準化しているのかを、区別して把握することが重要だ。長期契約の比率が高い海運会社は、市況の短期的な変動に対する収益の感応度が低い一方、市況が好転した局面での収益の伸びも、相対的に限定的になる、というトレードオフの関係にある。