第18章 非上場企業の株主価値
読了の目安 約4分これまでの章では、暗黙のうちに「上場企業」を評価対象として想定してきた。しかし、企業価値評価が必要とされる場面は、上場企業だけにとどまらない。M&Aの対象となる非上場企業、事業承継を控えたオーナー企業、あるいはベンチャーキャピタルが投資を検討するスタートアップなど、非上場企業の価値評価もまた、実務上、極めて重要な領域だ。この章では、上場企業の評価との「違い」に焦点を当てながら、非上場企業を評価する際に固有に生じる論点を扱う。
非上場企業評価の根本的な難しさ:市場という「参照点」がない
上場企業の評価が(相対的には)扱いやすいのは、常に「市場株価」という、比較対象となる参照点が存在するからだ。第10章で学んだPERの逆算アプローチも、市場が現時点でつけている評価を出発点として、そこから市場の織り込みを読み解く、という作業だった。
非上場企業には、この「市場株価」という参照点が存在しない。したがって、非上場企業の評価は、より純粋に、この教科書で扱ってきたDCF(第13章、第14章)のような、内在的な価値評価の手法に依存せざるを得ない。同時に、市場という客観的な検証材料がないがゆえに、評価者自身の仮定の妥当性が、より一層、厳しく問われることになる。
非流動性ディスカウントという、非上場企業に固有の調整
非上場企業を評価する際に、実務上、極めて重要な調整項目として登場するのが、「非流動性ディスカウント(Illiquidity Discount / Marketability Discount)」である。これは何かというと、「上場企業の株式であれば、証券取引所でいつでも自由に売買できるが、非上場企業の株式は、そう簡単には売却できない(買い手を自分で探す必要があり、売却に時間もコストもかかる)」という、換金のしやすさの違いを、株式の価値に反映させるための、マイナスの調整のことだ。
同じ将来キャッシュフローを生み出す、全く同一の事業内容の会社が二つあったとしても、一方が上場していて、いつでも売却できる状態にあり、もう一方が非上場で、売却に手間とコストがかかる状態にあるなら、後者の株式の価値は、前者よりも低く評価されるべきだ、というのが、この非流動性ディスカウントの根拠である。実務上、このディスカウントの水準は、業界慣行や過去の取引事例の分析などを参考に、おおよそ一定の幅(文脈によって大きく異なりうるが、事業の性質や株式の譲渡制限の有無などに応じて、相応の割合)で設定されることが多い。
支配権プレミアムという、もう一つの重要な調整
もう一つ、非上場企業の評価(特にM&Aの文脈)で頻繁に登場する概念が、「支配権プレミアム(Control Premium)」だ。これは、株式を「少数株主として、ごく一部だけ保有する場合」の価値と、「会社全体の経営権を握れるだけの、支配的な持分を取得する場合」の価値の間に生じる、差額のことを指す。
なぜこのような差が生じるのか。会社の経営権を握れば、経営方針の変更、コスト構造の見直し、事業ポートフォリオの再編といった、企業価値を積極的に高めるための施策を、自らの意思で実行することができる。この「経営に介入し、価値を積極的に創造できる権利」には、相応の価値が上乗せされるべきだ、という考え方が、支配権プレミアムの根拠となっている。逆に、少数株主として、ごく一部の持分だけを保有する立場では、こうした経営への影響力は限定的であり、その分、株式の価値は相対的に割り引かれる、と考えることもできる(これは「少数株主ディスカウント」と呼ばれ、非流動性ディスカウントとはまた別の概念として整理される)。
オーナー企業特有の調整:役員報酬と資産の混在
非上場企業、特にオーナーが経営も兼ねているような中小企業を評価する際には、もう一つ、実務上非常に頻繁に遭遇する論点がある。それは、「オーナーへの役員報酬が、実際の労働の対価として適正な水準を大きく超えて設定されているケース」や、「オーナーの個人的な資産(自宅や自家用車など)が、会社の資産として計上されているケース」だ。
こうした「会社の実態とは直接関係のない、オーナー個人の事情に起因する費用や資産」は、第08章で学んだ「正常化」の作業の中で、慎重に洗い出し、調整する必要がある。役員報酬が過大に設定されている場合、それを業界の適正水準まで補正することで、本来の企業の収益力(=もし第三者が経営者として雇われた場合に発生するであろう、適正な費用構造のもとでの利益)を、より正確に把握することができる。この調整を怠ると、オーナー企業特有の「会計上のノイズ」に、企業の本来の価値評価が大きく歪められてしまう。