第31章 コングロマリットの部門別評価
読了の目安 約3分この章は、第19章のSOTP、第29章の総合商社評価と、内容的に深く関連するテーマを扱う。ここでは特に、総合商社のようなトレーディング機能を中核としない、より一般的な「複合企業体(コングロマリット)」——例えば、電機メーカーでありながら、金融事業や不動産事業も併せ持つような会社——の部門別評価に焦点を当て、これまでの議論をより体系的に整理し直す。
コングロマリット評価における「セグメント情報の質」という制約
コングロマリットの部門別評価の出発点は、常に、その企業が開示するセグメント情報の質と詳細さに、大きく依存する。第29章で扱った総合商社は、比較的詳細なセグメント情報を開示する傾向がある業界だが、業界によっては、セグメント情報の開示が、より粗い区分にとどまっている場合も少なくない(例えば、複数の異なる性質の事業が、一つの大きな「その他事業」セグメントにまとめられてしまっているようなケース)。
この場合、外部の評価者は、開示されている限られた情報(セグメント別の売上高や、可能であれば営業利益)から、可能な限り、各事業の収益性や成長性を推定する作業を強いられることになる。この推定作業は、第09章で学んだ「推定」という情報の性質(観測事実ほど確実ではないが、単なる仮定でもない、中間的な確からしさを持つ情報)の、まさに典型例である。
部門別評価倍率の設定:類似企業(コンパラブル)の活用
コングロマリットの各事業部門を個別に評価する際、実務上、極めて広く用いられる手法が、「その事業に類似した、単独で上場している専業企業(コンパラブル企業)の評価倍率(PERやEV/EBITDAなど)を参考にする」というアプローチだ。
例えば、あるコングロマリットが「産業機械事業」と「消費者向け家電事業」の二つを営んでいる場合、産業機械事業の評価には、他の独立した産業機械専業メーカーのPERやEV/EBITDA倍率を、消費者向け家電事業の評価には、家電専業メーカーの評価倍率を、それぞれ参考値として用いる。この手法は、第10章で学んだPERの理論的な構造(成長率と割引率が織り込まれた、圧縮された表現)を踏まえれば、「類似した成長率・リスク特性を持つ企業は、類似した評価倍率で取引される傾向がある」という、市場の経験則を応用したものだと理解できる。
部門間シナジーの評価という、SOTPが抱える構造的な限界
最後に、この章と第19章を通じて、率直に認めておくべき、SOTP・部門別評価という手法そのものが抱える、構造的な限界についても触れておきたい。SOTPは、本質的に「各事業を、独立した別々の会社であるかのように仮定して」評価する手法だ。しかし現実には、同じグループ内の複数の事業が、技術やノウハウの共有、共通の顧客基盤の活用、購買力の集約によるコスト削減など、「部門間シナジー」と呼ばれる、相互の連携によって生まれる、追加的な価値を持っていることがある。
こうしたシナジー効果は、事業を単純に切り分けて個別評価するSOTPのアプローチでは、原理的に捉えることが難しい。この点を補うため、実務上は、SOTPによる合算評価額に、「シナジー効果による、追加的なプレミアム」を、別途、定性的な根拠に基づいて上乗せする、という調整が行われることもある。ただし、このシナジープレミアムの算出は、極めて主観的な判断(第09章でいう「仮定」の性格が強い部分)に依存せざるを得ず、慎重な取り扱いが求められる領域であることを、正直に申し添えておきたい。