第24章 不動産賃貸会社の価値評価
読了の目安 約3分PART IIIの最終章では、REITという特殊な制度の枠組みを離れ、より一般的な、賃貸用不動産を保有・運営する事業会社(いわゆる不動産賃貸業、あるいはデベロッパーの賃貸事業部門など)の評価について扱う。前章のNAVアプローチとの共通点・相違点を整理しながら、不動産賃貸会社を評価する際の、実践的な論点を掘り下げていく。
NAVアプローチとDCFアプローチ、どちらを主軸に据えるべきか
不動産賃貸会社の評価においては、前章で学んだNAVアプローチと、第13章・第14章で学んだDCFアプローチの、双方が有効な選択肢となりうる。どちらを主軸に据えるべきかは、その会社の事業内容や、成長フェーズによって判断が分かれる。
既に保有物件のポートフォリオが確立しており、大きな新規開発計画が乏しい、成熟した賃貸会社であれば、NAVアプローチ(現在保有している不動産の時価評価の積み上げ)が、比較的シンプルかつ説得力のある評価手法となる。一方、活発に新規物件の開発・取得を続けており、将来の事業拡大による成長が見込まれる会社であれば、その「将来の成長による価値創造」を織り込むために、DCFアプローチ(第13章、第14章)の方が、より実態を捉えやすい場合がある。
実務上、優れた分析では、この二つのアプローチを併用し、クロスチェック(第20章で扱った考え方)することが、極めて有効である。NAVによる「今の資産価値」と、DCFによる「将来の成長を織り込んだ価値」の双方を算出し、両者を比較することで、より立体的な理解が得られる。
不動産賃貸会社特有の会計上の論点:減価償却と含み損益
不動産賃貸会社の評価において、特に注意深く扱うべき会計上の論点が、「減価償却」と「含み損益」の扱いだ。第04章で学んだ通り、減価償却費は、実際に現金が出ていかない、会計上の費用項目だった。不動産(特に建物部分)は、長期にわたって減価償却が行われるため、当期純利益の水準は、実際のキャッシュフロー(第04章で学んだFCF)の水準と、大きく乖離することがある。不動産賃貸会社の評価では、この乖離を正しく認識し、当期純利益ではなく、FCFやNOI(純営業収益)を基準とした評価を重視することが、極めて重要になる。
さらに、多くの国の会計基準では、保有する不動産を、取得時の価格(取得原価)から減価償却を差し引いた金額で、貸借対照表に計上し続けることが一般的だ(これを「原価法」と呼ぶ)。この場合、長期間保有している不動産の帳簿価格は、実際の市場価値(時価)を大きく下回っていることが多く、前章で学んだNAVアプローチによる「時価への洗い替え」が、この帳簿価格と実勢価格のギャップを埋めるために、決定的に重要な役割を果たすことになる。この論点は、第03章で触れた「貸借対照表の帳簿価格は、必ずしも時価を反映しない」という、この教科書の最初期に示した警告が、不動産という業種において、最も顕著な形で現れる典型例だと言える。
PART IIIの総括:個性への解像度を上げる、という営み
これで、PART IIIの八つの章——赤字企業、非上場企業、多角化企業、業種選択の作法、銀行、保険、REIT、そして不動産賃貸会社——を通じて、私たちは、一般的な理論の骨格(PART I、PART II)を、それぞれの会社・業種が持つ固有の個性に合わせて、どのように調整し、応用していくべきかという、実践的な感覚を養ってきた。
重要なのは、これらの特殊な業種であっても、根底に流れている原理は、決してPART Iで学んだ基本思想から逸脱していない、という事実だ。銀行のP/TBVも、保険のエンベディッド・バリューも、不動産のNAVも、すべて「将来生み出す価値(あるいは、現在保有する資産の実質価値)を、適切な割引率や倍率で評価する」という、たった一つの根本原理の、業種ごとの「方言」に過ぎない。この方言の違いに惑わされず、常に共通の文法(=PART Iの土台)に立ち返って考える姿勢こそが、真にプロフェッショナルな理論株価評価の実践者への道である。次のPARTでは、これらすべての手法を統合し、実際の投資判断へとつなげていく、さらに実践的な段階に進んでいくことになる。