第45章 逆算と配当込みTSR
読了の目安 約3分この章では、これまで学んできたDCFやPERといった「順算(前提を置いて、理論株価を計算する)」のアプローチとは逆向きの視点、すなわち「逆算(現在の市場株価から、市場が織り込んでいる前提を読み解く)」という技術を、より深く掘り下げる。そして、投資家にとっての「本当のリターン」を測る、極めて重要な指標——配当込みTSR(トータル・シェアホルダー・リターン)——についても扱う。
逆算という技術の、あらためての意義
第10章のPERの章で、既に「逆算」という発想の一端に触れた。市場が現在つけている株価(PER)から、「市場が織り込んでいる永続成長率」を逆算する、という手法だ。この章では、この逆算という技術を、DCF全体に、より本格的に適用する方法を扱う。
具体的には、第13章で学んだ10年FCFF DCFの構造において、「理論株価=現在の市場株価になる」ように、逆にドライバー(売上成長率や利益率)や、永続成長率の水準を、調整して探っていく、という作業を行う。これは、いわば「解の分かっている方程式を、逆向きに解く」ような作業だ。この逆算によって導かれる、「現在の株価を正当化するために必要な、将来の成長率や収益性の水準」は、しばしば「インプライド・グロース(市場が織り込んでいる成長率)」と呼ばれる。
このインプライド・グロースを、自分自身がドライバー予測(第08章)を通じて構築した、独立した成長率の見立てと比較することで、「市場は、この会社の将来について、楽観的すぎるのか、悲観的すぎるのか、それとも妥当な水準にあるのか」という、極めて実践的な問いへの、定量的な手がかりが得られる。この作業こそが、理論株価評価という営みを、単なる「自分だけの計算」から、「市場との対話」へと、格上げする、重要な技術である。
TSR(トータル・シェアホルダー・リターン)とは何か:株価の値上がりだけが、リターンではない
続いて、「配当込みTSR」という概念に移ろう。多くの個人投資家は、投資のリターンを考える際、「株価が、いくらからいくらに値上がりしたか」という、株価の変動だけに注目しがちだ。しかし、これは、株主が実際に得る経済的なリターンの、一部分しか捉えていない。
TSR(Total Shareholder Return、株主総利回り)とは、「株価の値上がり益(キャピタルゲイン)」に加えて、「保有期間中に受け取った配当金(インカムゲイン)」も合算した、株主にとっての、本当の意味での「総合的なリターン」を測る指標だ。
TSR ≒ (期末の株価 − 期首の株価 + 保有期間中に受け取った配当金の合計) ÷ 期首の株価
なぜこの「配当を含める」という一手間が、これほど重要なのか。第12章で学んだDDM(配当割引モデル)を思い出してほしい。株主が最終的に受け取る、本質的なキャッシュフローは、まさに配当(あるいは、第14章で学んだFCFEのような、配当として支払われる余力そのもの)だった。もし、ある会社が、株価自体はあまり上昇しなかったものの、安定的に高い配当を支払い続けていたとしたら、その株主が実際に得た経済的なリターンは、株価の値上がり益だけを見た評価よりも、遥かに高いものになっているはずだ。この「配当という要素を見落とす」ことは、特に、成熟した高配当企業を評価・比較する際に、投資家の判断を大きく歪めてしまう、初心者が陥りやすい、典型的な罠の一つである。
配当込みTSRを、理論株価評価にどう組み込むか
この教科書が掲げる「10年後の株価」というテーマにおいても、最終的に投資家が得るリターンを正確に把握するためには、単に「10年後の理論株価が、現在の株価と比べてどれだけ高いか」だけでなく、「その10年間、毎年、どれだけの配当を受け取り続けられる見込みか」を、併せて予測し、その両方を合算した、配当込みTSRベースでの将来リターンを見積もることが、極めて重要になる。この視点は、第13章で組み立てたFCFF DCF、あるいは第14章で組み立てたFCFE DCFの中で、既に将来の配当支払いの見通し(FCFEのうち、実際に配当としてどの程度が支払われるか、という「配当性向」の想定)として、自然に組み込まれているはずのものだ。この章を通じて、その配当という要素の重要性を、あらためて意識の前面に引き出してほしい。