第36章 鉄鋼会社の価値評価
読了の目安 約2分続いて扱うのは、伝統的な装置産業の代表格である、鉄鋼業界の評価だ。鉄鋼会社もまた、これまで扱ってきた資源、航空、海運といった業種と、いくつかの共通点(巨額の設備投資、景気循環性、コモディティ価格への感応度)を持ちながら、独自の構造的特徴を持っている。
鉄鋼業界の収益構造:原料コストと、製品価格のスプレッド
鉄鋼業の収益の本質は、「原料(鉄鉱石、石炭・コークスなど)を調達し、それを高炉や電炉で製鋼・加工し、鋼材という製品として販売する」という一連のプロセスにおける、「原料コストと、製品販売価格の差(スプレッド、あるいはマージン)」にある。このスプレッドの動向こそが、鉄鋼会社の収益性を左右する、最も重要な変数だ。
原料価格(鉄鉱石や原料炭の国際市況)は、第25章で扱った資源市況と同様、世界的な需給バランスによって変動する、外部要因である。一方、製品価格(鋼材価格)は、世界的な鉄鋼需要(建設、自動車、造船、機械といった、鋼材を使用する川下産業の動向に左右される)と、世界的な鉄鋼の生産能力(特に、世界最大の鉄鋼生産国における、生産能力の拡大・過剰設備の状況)のバランスによって決まる。
高炉法と電炉法という、二つの異なる製法とそのコスト構造の違い
鉄鋼会社を評価する上で、押さえておくべき技術的な論点として、「高炉法(鉄鉱石と石炭を原料として、一貫して製鋼を行う、伝統的な製法)」と、「電炉法(鉄スクラップを原料として、電気炉で溶解・再生する製法)」という、二つの異なる製法の違いがある。この製法の違いは、原料コストの構造(鉄鉱石・石炭に依存するか、鉄スクラップに依存するか)だけでなく、設備投資の規模(高炉法の方が、一般的に、より巨額かつ長期の設備投資を要する)や、環境負荷(電炉法は、一般的に、高炉法と比べて、二酸化炭素排出量が少ないとされる)にも影響を及ぼす。近年、世界的な脱炭素化の潮流の中で、電炉法や、水素還元製鉄といった、より環境負荷の低い製法への移行が、業界全体の重要なテーマとなっており、この移行に伴う設備投資計画の巨大さも、鉄鋼会社のドライバー予測(第08章)において、無視できない論点となっている。
鉄鋼会社の評価アプローチ:シクリカルな業種特有の留意点
鉄鋼業もまた、航空・海運と同様、景気循環に敏感な、シクリカルな業種である。DCF(第13章)や、PER・P/Bを用いた簡易評価(第10章、第16章)を行う際には、単年度の好況・不況期の数字にとらわれず、複数の景気循環を通じた、正常化された収益力(第08章)を見極めることが、極めて重要になる。特に、鉄鋼業のように、設備投資が巨額かつ長期にわたる業種では、ROIC(第15章)とWACC(第07章)の比較が、「この会社が、今後も継続的に価値を生み出せる投資を行えているか」を検証する、極めて有効な検算装置として機能する。