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初心者向け・理論株価の教科書

たとえ話と具体例で、現在の理論株価・10年後の価値・業種別モデルの考え方を学ぶ。

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10Y STOCK VALUE / TEXTBOOK06
I · 価値評価の土台

第6章 EVと株主価値を混ぜない

読了の目安 約6分

この章のタイトルを、もう一度声に出して読んでほしい。「EVと株主価値を混ぜない」。この一文には、この教科書の執筆者としての、ほとんど怒りにも似た切実な思いが込められている。なぜなら、企業価値(Enterprise Value、以下EV)と株主価値(Equity Value)の混同こそが、初心者からセミプロに至るまで、無数の投資家がやらかしてきた、そして今もなお世界中で量産され続けている、理論株価評価における「最大にして最頻出の致命的ミス」だからだ。この二つを混同したまま計算を進めると、どれだけ精緻な数式を積み上げようとも、最終的に出てくる「1株あたりの理論株価」は、桁が違うレベルで狂ってしまう。

会社という「パイ」には、二種類の「取り分請求権者」がいる

まず、第03章で軽く触れた話を、ここでもう一度、より深く掘り下げよう。企業という組織は、一つの巨大な「価値を生み出す装置」だと考えてほしい。この装置が生み出す価値の全体、すなわち「事業そのものが持つ経済的な価値の総和」こそが、企業価値(EV)である。

そして、この企業価値というパイに対して、「自分にも取り分をよこせ」と請求する権利を持つグループが、大きく分けて二種類存在する。一つは「債権者(銀行や社債の保有者)」であり、もう一つは「株主」である。

債権者は、企業に対してお金を貸す代わりに、契約で定められた利息と元本の返済を受け取る権利を持つ。この請求権は、株主の請求権よりも「優先順位が高い」という性質がある。会社が倒産するような最悪の事態になった場合でも、残っている財産は、まず債権者への返済に充てられ、それでもなお残った分があれば、初めて株主に分配される。この「優先劣後の関係」は、極めて重要な構造なので、絶対に覚えておいてほしい。

株主は、この「債権者への支払いを済ませた後に残る、企業価値の残余部分」に対する請求権を持つ。この「残余部分の価値」こそが、株主価値(エクイティ・バリュー)である。そして、この株主価値を発行済株式数(第05章で学んだ、希薄化を考慮した株式数)で割ったものが、まさに私たちが求めたい「1株あたりの理論株価」となる。

数式で徹底的に叩き込む:EVから株主価値へ

この関係を数式で表現すると、次のようになる。

株主価値 = EV(企業価値) − 純有利子負債

そして、

1株あたりの理論株価 = 株主価値 ÷ 発行済株式数(希薄化後)

なぜ「純有利子負債を引く」のか。ここで第03章の内容が生きてくる。企業が生み出す価値の全体(EV)のうち、有利子負債を返済するために確保しておかなければならない部分(債権者への取り分)を、まず差し引く必要がある。第03章で「純」という言葉にこだわったことを思い出してほしい。企業が手元に持っている現金は、その気になればいつでも借金の返済に充てることができる(あるいは、株主にそのまま還元することもできる)ため、有利子負債の総額から現金を差し引いた「純有利子負債」を使うのが、より正確な計算になる。

この式を見て、「なるほど、単純な引き算じゃないか」と思うかもしれない。しかし実際の投資判断の現場では、驚くほど多くの人が、この引き算を省略してしまう。具体的にどういう間違いが起きるのか、次の節で見ていこう。

よくある間違いの実例:借金まみれの会社を見誤る

架空の会社を二社、比較してみよう。会社Xと会社Yは、どちらも将来生み出すFCFの現在価値の合計(=つまりEV)が、同じ1,000億円だったとする。表面的には「同じ規模の事業価値を持つ会社」に見える。

しかし、会社Xは純有利子負債がほとんどゼロの、実質無借金経営の会社だとしよう。この場合、株主価値はほぼEVと同じ、1,000億円に近い数字になる。

一方、会社Yは、過去に大規模なM&Aを行うために多額の借入をしており、純有利子負債が800億円もあるとしよう。この場合、株主価値は「1,000億円−800億円=200億円」にしかならない。

もし発行済株式数が両社とも1億株だったとすると、会社Xの1株あたりの理論株価はおよそ1,000円になるのに対し、会社Yはわずか200円にしかならない。同じ「EV1,000億円」というスタートラインから出発しても、純有利子負債の存在によって、株主が受け取れる価値には、実に5倍もの差が生まれるのだ。

もし初心者が、この「純有利子負債を引く」というステップをうっかり忘れて、EVをそのまま発行済株式数で割ってしまったらどうなるか。会社Yの理論株価を、本来の200円ではなく、誤って1,000円だと算出してしまうことになる。もしこの誤った理論株価を信じて「今の市場株価は300円だから、理論株価1,000円と比べれば大幅な割安だ、買いだ」と判断してしまったら——実際には理論株価はわずか200円であり、300円という市場株価はむしろ「割高」だったのだ、という真逆の結論に至る。これがどれほど恐ろしい間違いか、想像してみてほしい。

なぜこの混同がこれほど頻発するのか

この混同がなぜこれほど多発するのか、その理由を分析しておくことにも意味がある。理由の一つは、ニュースやメディア、さらには一部の投資情報サイトですら、「企業価値」という言葉と「時価総額(株主価値)」という言葉を、あまり厳密に区別せずに使ってしまっているケースが散見されることだ。日常会話では「あの会社の価値は1兆円だ」というように、曖昧に使われがちだが、この「1兆円」がEVを指しているのか、株主価値(時価総額)を指しているのかによって、計算の意味は全く変わってくる。

もう一つの理由は、単純に「引き算のステップを忘れる」という、人間の注意力の限界に起因するケアレスミスだ。特に、多数の会社を比較検討するようなスプレッドシート作業をしていると、この一手間が抜け落ちやすい。だからこそ、この章のタイトルにあるように、「EVと株主価値を混ぜない」という意識を、儀式のように、計算の度に自分自身に言い聞かせる習慣をつけてほしい。

逆方向の変換も押さえておく:株主価値からEVへ

念のため、逆方向の計算式も確認しておこう。時価総額(現在の株価×発行済株式数、つまり市場が今つけている株主価値)から出発して、そこに純有利子負債を足し戻せば、市場が評価しているEVを逆算することができる。

EV(市場ベース) = 時価総額 + 純有利子負債

この「市場ベースのEV」を、後の章で計算する「理論的なEV(将来FCFの現在価値の合計)」と比較することで、「市場は今、この会社の事業価値をどう評価しているか」と「自分の計算では事業価値はどうあるべきか」のギャップを把握することができる。これはまさに、実務のプロフェッショナルが日常的に行っている、極めて実践的な分析手法である。

この章の総括:常に「誰の取り分か」を自問する

この章で伝えたかったことを、一言に凝縮するならこうなる。「企業が生み出す価値の全体(EV)」と「その価値のうち、株主が実際に受け取れる残余の取り分(株主価値)」は、似て非なる、全く別の概念である。そして両者を橋渡しするのが、第03章で学んだ純有利子負債である。

これから先の章で、割引率(WACC)やターミナルバリューといった、より高度な概念を扱っていく中でも、常に「今、自分が計算しているのはEVなのか、株主価値なのか」という問いを、自分自身に投げかける癖をつけてほしい。この癖こそが、初心者とプロを分ける、静かだが決定的な分水嶺なのである。次章では、この「株主の取り分」に対する割引率、すなわち株主資本コストと、EV全体に対する割引率であるWACC(加重平均資本コスト)という、極めて重要な概念に足を踏み入れていく。

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終
最終章

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語
用語リスト

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