第44章 指数・ETF・アクティブ運用
読了の目安 約4分いよいよ、この教科書の最終パートに突入する。ここまでのPART I〜IIIで、私たちは、個別企業の理論株価を計算するための、あらゆる技術を積み上げてきた。PART IVでは、視点を少し引き上げ、「その計算結果を、実際の投資判断に、どうつなげていくか」という、より実践的で、より人間くさいテーマに向き合っていく。その最初の一歩として、この章では、個別企業の分析から少し離れ、「指数」「ETF」「アクティブ運用」という、投資の器そのものについて、理論株価評価という視点から光を当て直す。
株価指数とは何か:無数の理論株価の「集合体」
日経平均株価やTOPIX、S&P500といった株価指数は、多くの人にとって、単に「株式市場全体の temperature(体温)を測るための、便利な物差し」として認識されている。しかし、この教科書をここまで読み進めてきた君には、もう一段深い理解が可能なはずだ。株価指数とは、その構成銘柄一つひとつについて、市場参加者たちが(意識的にせよ、無意識にせよ)計算し続けている、無数の「理論株価」の集合体、その加重平均なのだ。
指数全体の水準が変動するということは、その背後で、無数の個別企業について、成長率の見通し(第08章)や、割引率(第07章)、あるいは市場が織り込む永続成長率(第10章、第12章)といった、根本的な前提が、日々、絶え間なく更新され続けている、ということを意味する。指数を「一つの塊」として眺めるだけでなく、その背後にある「無数の理論株価計算の集合体」という構造を意識できるようになると、市場全体のニュース(金利動向、景気指標など)が、なぜ、どのように、指数全体を動かすのかについて、より本質的な理解が得られるようになる。
ETF(上場投資信託)という、指数を「そのまま買う」仕組み
ETF(Exchange Traded Fund、上場投資信託)は、特定の指数(あるいは特定のテーマ、業種)に連動する運用成果を目指す、証券取引所で株式のように売買できる金融商品だ。第33章で扱った資産運用会社のビジネスモデルを思い出してほしい。ETFの多くは、いわゆる「パッシブ運用」(指数に機械的に連動させる運用手法)に分類され、個別銘柄の選定や、企業ごとの理論株価の精緻な計算といった、能動的な判断を、原則として行わない。
この「パッシブ運用」という選択は、実は、この教科書が繰り返し強調してきた、理論株価評価という営みの限界——未来を確実に当てることはできない、仮定次第で結論は変わる、という第01章の教訓——を、ある意味で最も率直に受け止めた、一つの合理的な選択肢だと言える。「個別企業の理論株価を、自分の力で正確に見積もり続けることは、極めて難しい。ならば、市場全体(無数の市場参加者の集合知)が織り込んでいる評価を、そのまま受け入れよう」という発想が、パッシブ運用・ETFという選択の根底にある。
アクティブ運用という、理論株価評価の「実践の場」
一方、「アクティブ運用」とは、運用担当者(ファンドマネージャー)が、個別企業について、独自の分析(まさにこの教科書で扱ってきたような、DCFやPER、業種別の評価手法)を行い、市場が織り込んでいる評価と、自分自身の見立てとの間にギャップがあると判断した銘柄に、積極的に投資する(あるいは、逆に避ける)という、能動的な運用スタイルを指す。
アクティブ運用が、パッシブ運用(指数連動)の成果を、手数料控除後で、長期的に上回り続けることができるかどうかは、投資の世界において、長年にわたって議論され続けてきた、極めて重要な論点である。実証研究の多くは、多数のアクティブ運用ファンドの平均的な成績が、長期的には、手数料の分だけ、指数の成績を下回る傾向にあることを示してきた。しかし同時に、一部の卓越した運用者が、長期にわたって、指数を上回る成果を上げ続けてきた実例も、確かに存在する。
この教科書が伝えたいメッセージは、「アクティブ運用が正しいか、パッシブ運用が正しいか」という、単純な二項対立の結論を出すことではない。むしろ、この教科書を通じて身につけてきた理論株価評価の技術こそが、「アクティブ運用によって、市場に対して優位性を得られる可能性がある領域を、自分自身で見極める」ための、唯一の実践的な土台になる、という点を強調しておきたい。市場が見落としている、あるいは誤って評価している(第09章の「観測事実・推定・仮定」の区別が曖昧になっている)企業を、自分自身の分析力によって発掘できる自信がないのであれば、無理にアクティブな個別銘柄選定に固執するよりも、指数への投資(パッシブ運用)を選ぶことも、知的に誠実な、一つの合理的な判断である、ということを、正直に申し添えておきたい。