第43章 22業種モデル横断演習
読了の目安 約4分この教科書がここまで扱ってきた、実に多岐にわたる業種——第17章から第42章にかけて登場した、赤字企業、非上場企業、多角化企業、銀行、保険、REIT、不動産賃貸、資源、バイオ、電力・ガス、規制公益、総合商社、持株会社、コングロマリット、証券、資産運用、航空、海運、鉄鋼、半導体メモリ、通信、インフラ運営、建設・エンジニアリング、不動産開発、SaaSという、実に22の業種(複数の関連手法を含めれば、それ以上)——を、最後に、一つの俯瞰図として整理し直す、この教科書における一つの大きな節目としての章である。
業種横断で繰り返し登場した、共通のパターンを棚卸しする
この長い旅を振り返ると、業種の名前や、専門用語の違いにもかかわらず、驚くほど頻繁に、同じ構造のパターンが、姿を変えて繰り返し登場してきたことに気づくはずだ。ここで、その共通パターンを、意識的に棚卸ししておこう。
第一のパターンは、「分子÷分母」という、収益還元の構造だ。第10章のPER、第12章のゴードン成長モデル、第23章のキャップレートを用いた不動産評価、第42章のLTVの計算——これらはすべて、「ある期間に生み出されるキャッシュフロー(分子)」を、「要求されるリターン水準から、成長率を差し引いたもの(分母)」で割ることで、将来にわたる価値の流れを、一つの数字に圧縮する、という、全く同じ数学的構造を共有していた。
第二のパターンは、「有限期間か、永続かの見極め」だ。第25章の資源NAV、第26章のバイオrNPV、第39章のインフラ運営会社のコンセッション、第41章の不動産開発案件——これらは、資源の埋蔵量、新薬の特許期間、コンセッションの契約期間、開発案件の完成時期といった、それぞれ性質は異なるものの、「価値の源泉が、いつか終わりを迎える、有限のものである」という共通点を持ち、その結果、第12章の永続的なゴードン成長モデルではなく、有限期間のDCFという、共通のアプローチが適用されてきた。
第三のパターンは、「ROIC対WACC(あるいはROE対株主資本コスト、LTV対CACなど)」という、資本コストを上回る超過収益を生み出せているかどうかという、価値創造の本質を問う視点だ。第15章のROIC、第16章の残余利益、第21章の銀行のROTE、第42章のLTV/CAC比率——名前は違えど、これらはすべて、「投じた資本に対して、その資本のコストを上回るリターンを生み出せているか」という、たった一つの根本的な問いの、業種ごとの言い換えに過ぎなかった。
第四のパターンは、「ドライバー分解」だ。第08章で確立したこの発想は、第27章の電力・ガス(RAB×許容報酬率)、第33章の資産運用(AUM×報酬料率)、第34章の航空(ASK×搭乗率×イールド)、第38章の通信(契約者数×ARPU)といった、あらゆる業種を通じて、繰り返し繰り返し応用されてきた。売上高という一つの結果指標を、より根本的な、予測可能な構成要素に分解するという発想は、業種を問わず、理論株価評価という営みの、最も基本的な作法であり続けた。
第五のパターンは、「外部リスクと、コントロール可能な要素の切り分け」だ。第25章の資源価格、第34章の燃料価格、第35章の船腹需給、第37章のメモリ価格——これらの業種における市況・価格変動は、いずれも個々の企業の経営努力ではコントロールできない、外部要因であった。一方、契約構造の工夫(海運の長期契約)、ヘッジ手法(航空の燃料ヘッジ)、コスト構造の柔軟性といった、経営努力によってある程度コントロール可能な要素も、併せて存在していた。この「コントロールできるものと、できないものを、明確に切り分ける」という視点も、業種を超えた、共通の分析態度であった。
この横断的な視点を、自分自身の頭でどう使うか
この章のタイトルにある「横断演習」という言葉の意味を、最後に確認しておきたい。この教科書がこれまで扱ってきた22以上の業種別評価手法は、決して「暗記すべき、22個の別々の公式集」ではない。それらはすべて、たった一つの根本原理——将来生み出す価値を、その不確実性の性質に応じて、適切に現在価値へと翻訳する——の、業種ごとの「方言」に過ぎなかった、という事実を、この横断的な視点を通じて、改めて実感してほしい。
もし、この教科書で直接扱っていない、全く新しい業種の会社に出会ったとしても、君はもう、途方に暮れる必要はない。「この会社の収益は、どんなドライバーに分解できるか」「この会社の価値の源泉は、永続的なものか、それとも有限のものか」「この会社がコントロールできない、外部の変動要因は何か」「この会社は、資本コストを上回る超過収益を生み出せているか」という、この教科書を通じて磨き上げてきた、共通の一連の問いを、その新しい業種に対して、自分自身の力で投げかけていけばよい。それこそが、単なる知識の暗記を超えた、真にプロフェッショナルな理論株価評価の実践者としての、確かな到達点である。
そして、この業種別評価の長い旅を終えた今、私たちに残された最後の、そして最も実践的な課題が、これらすべての手法を、実際に「10年後の株価」という、具体的な時間軸を持った予測へと、どう統合していくか、というテーマである。次のパートでは、いよいよ、この教科書の当初からの目標——10年という長い時間軸を見据えた、実践的な株価予測モデルの構築——に、正面から取り組んでいくことになる。