第34章 航空会社の価値評価
読了の目安 約3分続いて扱うのは、資本集約的でありながら、極めて低い利益率と、景気循環や燃料価格への高い感応度で知られる、航空業界の評価である。
航空業界の構造的な難しさ:巨額の固定費と、価格競争の激しさ
航空業界の評価が、実務家の間でしばしば「非常に難しい業種」として語られる理由は、いくつかの構造的な特徴に由来する。一つは、航空機という、極めて高額かつ長期の耐用年数を持つ資産への、巨額の設備投資(第04章のCapEx)が必要とされることだ。航空機は、購入(あるいはリース)から、運航、整備、そして退役に至るまで、極めて長い期間にわたって、企業の財務状況に影響を及ぼし続ける。
もう一つの構造的な難しさは、多くの路線において、複数の航空会社が競合し、価格競争が激しくなりやすいことだ。空席のまま飛行機を飛ばすよりは、たとえ低い価格であっても座席を埋めた方が、限界的な利益に貢献するという、航空座席特有の「腐りやすい在庫(パリッシャブル・インベントリー)」の性質が、この価格競争の激しさに拍車をかけている。この結果、航空業界全体の利益率は、歴史的に見て、他の多くの業種と比べて、低い水準にとどまりがちである。
航空会社の評価における、重要なドライバー:座席供給量と搭乗率と単価
航空会社のドライバー予測(第08章)においては、業界特有の指標——「ASK(Available Seat Kilometers、有効座席キロ、その航空会社が提供する座席供給能力の総量)」「搭乗率(実際に座席が埋まった割合)」「イールド(1人1キロあたりの平均運賃単価)」——を用いて、売上高を、より解像度高く分解することが、実務上の標準的なアプローチとなっている。
売上高 ≒ ASK(座席供給量) × 搭乗率 × イールド(単価)
この三つのドライバーは、それぞれ異なる要因に左右される。ASKは、その航空会社の機材計画(新規購入や退役の計画)や、路線network戦略によって決まる。搭乗率は、需要動向と、供給(ASK)のバランスによって決まる。イールドは、競合環境や、燃料価格の転嫁の状況(燃料サーチャージなど)によって影響を受ける。
燃料費というリスクと、そのヘッジという論点
航空会社のコスト構造において、最大級の変動要因となるのが、燃料費(ジェット燃料の価格)である。原油価格の変動は、第25章で扱った資源会社と同様、航空会社にとっても、コントロールが極めて困難な、外部リスク要因である。多くの航空会社は、この燃料価格変動リスクを軽減するために、先物取引などを用いた「燃料ヘッジ」を行っているが、そのヘッジの程度や手法は会社によって異なり、燃料価格が急騰・急落した局面において、各社の収益に与える影響の大きさに、無視できない差を生じさせることがある。航空会社の正常化(第08章)においては、こうした燃料ヘッジの状況を、決算資料の注記情報などから確認しておくことが望ましい。
航空会社の評価アプローチ:DCFにおける、循環性の織り込み
航空業界は、景気循環に対して極めて敏感な、いわゆる「シクリカル(景気循環的)」な業種として知られている。好景気の局面では、ビジネス需要・レジャー需要ともに旺盛になり、搭乗率・イールドともに改善し、業績は大きく伸びる一方、景気後退局面や、パンデミックのような特殊な外的ショックが発生した局面では、需要が急激に落ち込み、多くの航空会社が、深刻な赤字に陥ることも珍しくない。
このため、航空会社をDCF(第13章)で評価する際には、単年度、あるいは特定の好況・不況年の業績を、単純に将来へ延長するのではなく、複数の景気循環を通じた、平均的な収益力(正常化された利益水準)を見極めることが、極めて重要になる。この点は、第32章で扱った証券会社の評価における「正常化の重要性」と、本質的に共通する論点である。